第4話

13.


 フェイロンに争いを中断させられたとはいえ、怒りが収まるはずもなく、仁義なき睨み合いを続けていた時だった。

「――結局、何故ダリルは騎士団を辞めた……じゃなくて、休職しているの?ダリルが戻っちゃうと淋しいから、あまり訊きたくはないけれど」
「い、イーヴァちゃん……!」

 あからさまに感動したような顔をしたダリルは少しだけ気まずそうに声を潜めた。前を歩いている兵士に配慮したのかもしれない。

「俺が休職してる理由だっけ?実はさあ、ヴィルヘルミーネみたいな騎士の中の騎士、みたいな後輩が入って来てから、方向性を見失っちゃってさ……。まあ、イーヴァちゃんなら分かると思うんだけど、俺って基本モンスターを相手してる時はソロなんだよな」
「言う程じゃないよ、ダリル。上手く回りにいる誰かを使ってるでしょ」
「慰めは良いよ……。そもそも、人に指示を出したり出されたりするのって嫌いなんだよな。何で俺、騎士団なんて入ったんだろ。給料が良かったからかな」
「だから辞めようと思ったの?」
「正直、ちょっと休暇を取ったら戻る気ではあったさ。ただ、今旅してるのが予想以上に楽しいし、俺はギルドを転々とするだけでも生活には困らないからね。戦闘スキルが意外な所で役立つとは思わなかったけど。だから、今更騎士団に戻る気は無いよ。俺はこうやってふらふらしてる方が性に合ってる」

 ――確かに、今までのダリルの行動を鑑みても集団行動は好きじゃないという事がよく分かる。ロイにせがまれて手合わせしたり、自分の予定に人を巻き込む事はあるが、基本は自由人だ。酷い時は1日宿から出て来ない事もあるくらい。
 ドラゴン戦でも無茶をしたようだったが、裏腹に少しだけ楽しそうでもあった。カッチリした動きはきっと彼には合わない。
 ふぅむ、と少しだけ眉間に皺を寄せたフェイロンが苦言を呈した。

「言う事は尤もだがな、ダリル殿。主が適当な事をしたせいで、あの師団の娘は中途半端に団長『代理』をしておるのだ。師団に戻れとは言わぬが、今のうちに清算しておいた方が良いぞ。後々、面倒な事にならぬようにな」

 全くだな、とコルネリアが可笑しそうに頷く。犬猿の仲である人外組だが、長く生きているせいか随所随所で意見が被るようだ。

「お前が今やってる事は不当なダブルワークだぞ。どちらかを斬り捨てなきゃならない、今すぐに!それが出来ないのなら、また姿を消して浮浪するかのどっちかだな。というか、団長の代理――という雰囲気じゃなかったね、あれ。お前、失踪扱いされてんじゃん」

 バックラー。それ即ち、アルバイトなどから連絡もせず勝手に休み、姿を消す行為及び人物の事だ。
 騎士団って公務員だろうに、よくバックレなんてやる度胸あったなダリル。
 珠希は元騎士団長に哀れみの目を向けた。

「ダリルさん……。出て行って欲しいとか、そういうつもりは無いんですけど、何で騎士団に所属していたのかくらいは思い出してくださいよ。私の中でダリルさんが史上最低のクズ男になりつつあるんですけど」
「いやいいよ、何だか恥ずかしいし……」
「恥ずかしい!?恥ずかしい理由があるんですか?泥臭い理由だって、別に笑ったりしませんよ?いや、ホントに」

 以降、ダリルは本当に口を割らなかった。
 ヴィルヘルミーネとダリルの確執は結局の所よく分からないが、ダリルは間違い無く彼女に苦手意識を持っている。それは話し方から何となく察した。煌びやかで人の上に立つようなカリスマ性を持つ彼女に対し、ダリルは純粋な個人としての強さを持っている。ヴィルヘルミーネのカリスマ性は人を率いるのに多大な効果を発揮するが、ダリルの強さは騎士団という戦闘集団の中では必須。
 どちらも大切で、そしてダリルが先に師団に入り師団長になってしまったが故の悲劇ではないだろうか。入団の順番が逆であったのならば、恐らく現状には至らなかったはずだ。何せ、先輩・後輩の枷が無ければ順当な役割を互いが担っていけたはずなのだから。
 だとすると、ヴィルヘルミーネのダリルへ向けた敬愛はどうなるのだろうか。それがあったからこそ、彼女は今、師団長として立っているようにも見える。つまり、ダリルの『後輩』でない彼女はカリスマ性を持たない可能性が高い。ダリルを見ていたからこそ誕生した、ヴィルヘルミーネという人を率いる人材ではないだろうか。

「人間関係って難しいよねえ……」
「ええ?どうした、突然。お前なんて、人間がどうこう言える程、歳取ってないじゃん」

 ケタケタ笑うコルネリアに対し、肩を竦める。

「そうだけどさ。でもやっぱり、人格って記憶から形成されるものらしいし、あの時が違っていたら、今も全然違うものになってたんだろうなあって」
「え、何でそんな難しい事考えてんだよ、驚いたわ」

 そう、あの時。猫に声を掛けたりしなければ。或いは、タクシーを使って家へ戻っていたならば。今、ここに自分はいるはずじゃなかった。
 幻聴のようにきこえた、車のブレーキ音を無理矢理頭から振り払った。
 そう、そんな事は知らない。とにかく家に帰らなければ。