第4話

12.


「――取り敢えず今は保留だな」

 悩ましげな溜息を吐いたフェイロンはそう言い切った。コルネリアが意外にも宿敵に同意の意を見せる。

「明日、早いしな!珠希は寝起きが悪そうだし、今色々試して疲れさせるのは明日に響く。ただ、一つだけ訊かせてくれよ。お前、魔力タンクはどこに持ってんの?」
「そんなのがあった事自体、今知ったんだけど」
「成る程ね。うんうん、そうだよな」

 何故か納得したようにしきりに頷くコルネリア。彼女の明るさに押されて忘れそうになるが、出現方法というか登場時の台詞は気掛かりだった。

「珠希、コルネリア。部屋へ戻ろう。早く休まないと」
「そうだね。ただでさえ、今日1日でかなり疲れたし……」

 それを聞いたコルネリアはあまり疲れていないのか、ケタケタと笑っている。本当によく笑う人――否、魔族だ。
 イーヴァに連れられる形で男性部屋を後にする。
 ドアがしっかりと閉まったのを見届けて、珠希は何度目かになる問いを再びイーヴァにした。

「ね、本当にダリルが元鞘に戻るって言っても止めないの?」
「止めないよ。……淋しくは、なるけれど」

 淋しくなる、それは本当らしい。彼女はあまり我が儘を言わない性分のようだ。

 ***

 翌日、5時ピッタリに起こしに来たヴィルヘルミーネはすでに完全装備だった。団長という職は思っていた以上に厳しいらしい。ダリルには務まりそうもない、とまで考えてしまった。
 あれよあれよと言う間に着替え、朝食もしっかり摂り、何となく脳が目覚めた頃には王都を出ていた。隊列の中に混じる一般人とは自分達の事である。
 騎士と兵士達で隊列を作り、目的地へ向かっている状態だ。ヴィルヘルミーネの計らいか、ダリルはこちら側、つまりは最後尾を一緒に歩いている。

「ああ……憂鬱だ……」
「そうは言うがな、ダリル殿。主が1日くらいなら構わぬと言って、現状なのではないか。まさか、あの言葉には二言があったと?」
「仕方ないって分かってはいるんだけど、ヴィルヘルミーネは押しが強いって言うか……。何か妙に俺に懐いててさあ、この後もしつこく戻らないかって訊いてくるんだろな」
「ダリルさん、ちょっと自意識過剰なんじゃないですか?」
「珠希ちゃんは俺に何か恨みでもあるのかな、この間から」

 あの綺麗で凛々しいお姉さん、と言った体のヴィルヘルミーネがダリルに執着する様ははっきり言って何か呪いにかかっているとしか思えない。
 しかし、意外にもこれにはロイが同意した。

「珠希が言う事は間違ってないだろ!何で、冴えないオッサンの帰りを待ってんだろな。団長さん」
「言い過ぎなんだよなあ……」

 が、当事者であるダリルにもその部分は謎らしい。頭を掻きながらしきりに首を傾げている。思い当たる節は無いようだった。
 何かよく分かんないんだけどさ、と新入りコルネリアが口を開く。

「あの騎士団長さん、ダリルの性格が好きなんじゃね?顔っていう選択肢は無いんだから、そこしかないだろ。か、もしくはダリルが強いから?強い人間が好き、とか。まあ、生き物は強者に惹き寄せられる本能があるからな。その辺が妥当だろ」
「俺の記憶が正しければ君と俺は昨日出会ったばかりだったと思うんだけど、何か当たりキツくない?」
「悪いな、相棒の態度をそのままトレースしたらこうなった。赦せよ人間」

 悩ましげに頭を抱えたダリルが盛大に溜息を吐く。ロイがそれを鼻で一蹴した。

「贅沢な悩み抱えておいて、困ってます顔は止めろよな!腹立つ!」
「じゃあ訊くけどさ、俺と似たような事をイーヴァちゃんが言っててもそんな事言うのかい?」
「や、普通にイーヴァが男に粘着されてるって聞いたらストーカー事案だと思うから、心配するよ?」
「ほらね!俺だけ差別しないでよ!!」
「差別じゃないだろ、人徳の差じゃん。真っ当な判断だろ!」

 と、ダリルと不意に目が合う。その意図をいち早く察したらしいロイはそのままのテンションでこう言った。

「珠希は……ギリギリ妄想ばっかすんなよ、って心配するかな……」
「オッケー、聖戦だ。表出ろ」

 こいつ乙女を捕まえて何言ってんだ、と食って掛かる。
 この後暫く醜い言い争いが続いたのだが、前を行く兵士達がチラチラ振り返るようになった為、フェイロンに止められ聖戦の幕は下ろされた。