11.
困った。今の所、体調なんて悪くないがそれでも明日の事までは分からない。純粋に5時起きという名の寝不足でダウンする可能性もあるし、考える事が多すぎて気が回らない。許されるのなら、明日は留守番をした方が良いだろうか。
チラ、と一堂に会した旅のメンバーを見やる。
この中で自分と一緒に残ってくれそうなのはコルネリアだけだが、今日出会ったばかりの彼女と1日一緒に過ごすなんて意が焼き切れる。引っ込み思案の日本人思考を舐めるな。
「ちょっと、私は明日、行かない方が良いんじゃないかなーって思うんだけど」
「城に一人で残る方が危ないと思う。明日は人が出払うから、珠希の事を気に掛けてくれる人はいないよ。倒れたらそのまま、って事も」
「いや、遠征先で私が倒れたら迷惑過ぎない?」
それは大丈夫、とダリルが笑う。何笑ってんだコイツ。
「ドラゴン討伐で怪我人が出ない事の方があり得ないだろ?ゴツイ鎧を着た兵士を運ぶくらいの設備は整ってるから、珠希ちゃんは俺が背負って帰ってもいいよ」
「申し訳なさすぎる……!!」
「まあ、待て」
ここでそれまで黙ってことの成り行きを眺めていたコルネリアが何故かドヤ顔でその場を制す。
「お前等、あたしがいる事を忘れてるだろ。相棒召喚で、魔力を分かち合ってるんだから、珠希の魔力が底を突きそうなら流石に分かる。今の所、そんな兆候はないし問題無いね」
「むしろ問題しか無いのだがな。そも、ドラゴンの魔法を防いだあれは魔法だったのか否か。確か珠希よ、主は超能力なる力が使えると前に言っておったな?」
その事実は周りの魔法とか何とかが凄すぎて忘れていたが、確かに一般的に念動力――或いはサイコキネシスと呼ばれる力は最初から持っていた。個人的な見解だが、マジシャンの1割くらいは本当に種も仕掛けも無いマジックの方を使っているんじゃないだろうか。
ロイがあ、と声を上げて手を打つ。ポケットから何故かフォークを取り出した。
「珠希に曲げて貰おうと思って持ってたの、忘れてた!」
「言ってたね。だいぶ前の話だけど」
ロイに無理矢理フォークを手渡される。一気に周囲の注目が集まるが、番組のカメラを向けられていた時程、高揚した気分にはならなかった。何せ、彼等はギラギラ輝く魔法が当然のように存在する文化圏の存在。フォーク曲げられたから何なの、と言わざるを得ない。
「え、今ココで披露するの?メッチャ恥ずかしいし、フェイロンが使う魔法とか何とかと比べたらショボ過ぎて笑えてくるよ?大丈夫?」
「自己評価低いなあ……俺と同じ空気を感じる」
「ダリルさん程じゃ無いです!失礼だなあ!」
「どっちが!?」
「ちょっと集中させて下さい。私みたいなクソ雑魚ナメクジはフォーク曲げるのだって、全神経使うんですよ」
ダリルの抗議する声が聞こえたが、そんなものは無視、握ったフォークに視線を移す。
「あれ!?」
今まさに飴細工のように曲げてやろうと意気込んだフォークはしかし、すでに頼りなく折れ曲がっていた。これでパスタを食べようと思うとかなり苦戦する事だろう。
自分の意識外で起きた事象について目を白黒させていると、酷く冷静にイーヴァが状況を説明した。
「ダリルと話してる時に曲がった。失礼だなあ、のあたり」
「私の真似、下手クソじゃない?」
おい、とフェイロンが鋭い視線をコルネリアに向ける。対して飄々とした体を崩さないコルネリアはその一言で説明すべき事を理解し、口にした。案外息があっているように見えるのだが。
「魔力の増減は一切無し。魔法とは違う力というか、いやでも、んー……。瞬間出力的に魔力が一瞬走ったのは走った。珠希が元から持ってる才能?を補助するような感じ。ただ、はっきり言えるのはフォークを曲げるという事象を具現化させたのは、魔力じゃない」
「そうか……ならば――いや待て。コルネリア、貴様は魔力の増減が一切無いと断言したな?なら、その一瞬走ったという魔力は?それはどこから来た?」
「さあ。珠希がどこかに魔力をタンクしてるとしか……」
――知らない事実が全く唐突に発覚した。魔力をタンクって何だかちょっと韻を踏んでて素敵だなあ。
いや、現実逃避はいい。状況を整理しよう。
フォークを曲げた事そのものは恐らくは超能力と呼ぶ力の類だ。しかし、持っている力の補助として魔力を使用した。原理としては電動自転車に似ているだろうか。止まっている自転車を動かす際、ある程度のスピードが出るまではペダルを電動で補助するというあれ。
「俺には――というか、俺等にはよく分かんないけどさあ。珠希は何か違和感とか無いの?」
ロイの問いには心当たりがあった。それは今に始まった話では無く、人狼の村で出会った彼等に宴会芸と称してスプーン曲げを披露した時だ。
「いや、違和感って言うか……私が日本にいた頃より、スムーズに超能力が使えるって感じはある。前はもっとスプーン1本曲げるのだって相当集中力と気力が必要だったのに。今ではこの曲げたフォークを元通りにするのだって余裕なんだよね」
微かにフォークを戻してみようと思っただけ。それだけで、フォークは元通り、パスタでも何でも食べられそうな形状に戻る。ロイだけが事の重要さなどそっちのけではしゃいでいた。