第4話

10.


 ***

 控え室、というまるで部活動の時に聞くような名前の部屋を与えられた。男女別れている、2部屋だ。

「明日の予定なのですが、朝6時には城を発ちますので、我々が5時頃、起こしに行きますね。ああ、もしかして目覚ましは不要ですか?」
「不要じゃないです、絶対いるのでお願いします」
「そ、そうですか……」

 ヴィルヘルミーネが引き攣った笑みを浮かべるが、そんな顔をしたいのはこちらだ。何だよ午前5時起床って。昨今、高校の部活動だってそんなに時間のゆとりが無いことはないわ。
 早くも不安になりつつ、隣のイーヴァに視線を送る。しかし、彼女は顔色を変える事も無く「朝の5時ね」、と落ち着いた様子だ。もっと慌てろよホント。

「では、失礼致します。何かありましたら、その辺の兵士を捕まえて申しつけて頂いて構いませんから」

 きびきびとした動作でヴィルヘルミーネが消える。角を曲がった後も、鉄のブーツが奏でる足音がカツカツと聞こえてきていた。

「お前、良かったの?ドラゴン討伐。いかにも貧弱そうだけど」
「良く無いよ……!!」

 コルネリアがクツクツと意地悪く嗤う。確認するだけして、特に励ましの言葉も無いあたり愉快犯だ。
 こちらの不安など気にした様子も無く、ロイが男性用控え室を覗き込む。そして「ダリル!」と叫んだ。まるで感動の再会のように見えるが、たかが数時間離れていただけである。彼のノリが良い所は嫌いじゃないが。

「珠希、何部屋に入ろうとしてるの。コルネリアを、ダリルとフェイロンに紹介しないと。明日いきなり顔を合わせたら混乱する」
「あの人達以上に今日の私は混乱してるんだけどなあ。でも、黙っておくのも悪いよね……。いつ顔を合わせて気まずい事になるか分かんないし。今大丈夫、コルネリア?」

 オーケー、と親指を立てるコルネリアのやる気はばっちりだ。それを見て、一層憂鬱になるが。
 コルネリアを伴って隣の部屋へ。ロイだろうか、ドアが開けたままである。

「お邪魔ー。あ、だ、ダリルさん……っ!」
「え、そのノリまだ続くの?」

 ロイの感動に肖ってみた。しかし、数時間ぶりに再会したダリルの顔はぐったりと疲れ切っている。この様子だと、すでにヴィルヘルミーネ率いる後輩集団とやらには出会した後らしい。

「ちょっとさ、ダリルとフェイロンに紹介したい人?が、いるんだけど」
「何ぞ、不穏な響きよな」
「勘が良いよね。えー、何だっけ、相棒召喚?の事故で仲間になった、コルネリアだよ」

 ずいっ、と前に出て来たコルネリア。こちらの不穏な前置きに怪訝そうな顔をしていたフェイロンの顔色が一転。酷く不機嫌そうな、何を言っているのか分からない、と言うような感情が色々綯い交ぜになった表情になる。

「魔族……!?珠希よ、貴様、正気か?否、むしろそちらの魔族の正気が疑わしいわ」
「おう、さすが有角族。まあ、相容れないよネ」
「主等の言葉は二転三転し、信ずるに値せぬ。故に我等の信用を得る事など不可能よ。主等の気紛れにアグリアが何度面倒事を被ったと思っておる」

 ――駄目だ、これはこの世界に来て間もない自分が口を挟める話題ではない。
 しかし、ここで果敢にも止めに入ったのはダリルだった。疲れているだろうに、心から申し訳無いと思う。

「まあまあ、喚んじゃったものは仕方無いさ。それに相棒召喚なんだろ?契約は破棄出来ないし、どうしようもない。そう目くじら立てず、仲良くやってくれよ。珠希ちゃんが困ってるし、いい大人が種族間抗争とか見苦しいって!」

 ふん、とフェイロンが鼻を鳴らす。険悪なムードは相変わらずだが、今すぐどうこうしようという気配は失せた。

「ダリル殿、疲れておるせいか言葉の端々にある棘が隠せておらんな……。まあよい、コルネリアとか言ったか。冷静に主の行動を鑑みても不審である事に変わりはない。変な気でも起こしてみろ。その首と胴が泣き別れする事になる」
「こわっ。お前だって何で有角族のくせしてアーティアでふらふらしてんだよ。人の事言えないくらい怪しいからな、お前も。まあ?あたしも珠希とは契約した相棒という身の上だし?月の無い夜だけだと思うなよ」

 どうやら互いに暗殺する、という事で手を打ったらしい。胃が痛い。
 不意にイーヴァが小さな声を漏らした。

「有角族と魔族は界も違うのに犬猿の仲。だから、あまり2人きりにしない方が良いかも」
「いや、見れば分かるかなって……」

 あとさ、とダリルが言いにくそうに頭を掻きながらあらぬ方向に視線を送る。

「あー、ヴィルヘルミーネからドラゴン討伐に誘われただろ?本当は俺と話をしてる時点で、俺だけ行くって言いたかったんだけどさ、失敗した。アイツ、討伐任務を鷹狩りとかと勘違いしてるタイプで……巻き込んで悪かった。結局、明日は付いてくるのかい?」
「グランディア・ドラゴンの素材が欲しいから私達も行く。気にする事は無いよ」
「ならいいんだけど」

 ――本当はちっとも良く無い。良く無いのだが、弱り切っているように見えるダリルを前に良く無いなどとは言えなかった。

「ところで、そろそろ俺としては神殿へ行った成果を聞きたいのだがな」

 フェイロンの言葉に一瞬思考が止まる。そういえば、ごたごたして忘れていたが、結局帰り方は分からないんだったような。

「特に何も無かったなあ。何だっけ?ランドル?とか言う人なら分かるかも、って事故起こしやがったおじさんが言ってた」
「それもだが……。主等、珠希の魔力量の計測をしに行ったのではなかったのか?まあ、珠希が特に体調が悪い訳でなく、平気ならば構わんが」
「あっ……」

 すっかり忘れていた。そうだ、魔力を不要に放出して死に至る可能性が云々、で神殿へ行くことになっていたんだったような気がする。いや、よく考えなくてもそうだ。
 今からまた神殿へ行って間に合うだろうか。いやでも、あのオッサンが起こしてくれた事故のせいで、神殿はかなり忙しそうだった。もしかしたら、もう閉めてしまったかもしれない。いやいや、それ以前に営業時間は何時まで?

「間に合わないね。神殿は4時までしか開いてない」
「銀行かよ……!!」