第4話

07.


 痛む頭を押さえつつ、カラカラと笑うコルネリアに事情を説明する。

「いやあの、私名義だとか何だとか知りませんけど、私、家に帰らなきゃいけないんです。つまり、相棒?とかやってる場合じゃ無くて……」
「帰れば良いじゃん、家。あ、でもその前に色々寄りたい所あるんだけど」
「お一人でどうぞ」
「言っておくけどね、珠希。クルト式で契約したあたし達の契約は簡単に破棄出来ないぞ。少なくとも1年はあたしと一緒に行動して貰わないと」
「なっがい!1年もここにいる気、無いんですけど!!」

 どんどんどん、と扉が叩かれる。外から微かに「中に誰かいるのですか」、という大声が聞こえてきた。僅かにコルネリアの顔が険しくなる。
 外の人間には返事をせず、声を潜めた彼女はこう囁いた。

「おい、お前の態度を見てたら分かるけど、非正規で召喚したんだろ。あたしが上手い事外の連中を誤魔化してやるから、お前は取り敢えず『うん』、だけ言っておきな」
「え?いやでも――」
「大丈夫だって。ここは神殿なんだから、外に居るのも召喚師だろ。奴等の行動原理は単純だからどうにでもなるさ」

 いや何でそんなに親切に庇ってくれるんだ。それを訊くより早く扉が開け放たれた。倒れている召喚師と同じような服装の男女がゾロゾロと中へ入ってくる。入って来るなり、女の方がこちらへ駆けて来た。

「これは、何ですか、どうされましたか?一般の方――というか、そちらは?え?」

 自分達以上に混乱している彼女の視線はコルネリアに向けられている。綺麗な笑みを――どこか白々しい笑みを浮かべた彼女はつらつらと語り始めた。

「あたしは魔族なんだが、クルト式召喚術の契約に則ってここへ来た。見た所、非正規召喚だな?」
「ええ、今日は召喚術を行う予定はありませんでした……」
「契約者はそっちの小娘のようだな。何か事故だったようだが、あたしはこいつと契約して構わない。だからグランディアに事故の報告もしないが、それでいいか?」
「事故の報告をしない……!?それは大変助かりますが、本当によろしいのですか?何だか、全面的に我々アーティアが悪いような光景が広がっているのですが……」

 ――いやちょっと待て。アンタ等はそれでいいかもしれないが、こっちは困る。
 口を挟もうとしたが、コルネリアの赤いマニキュアが毒々しい白い手に口を覆われてしまう。怪訝そうな顔をした女性召喚師に対し、コルネリアはやはり胡散臭い笑みを浮かべる。

「巻き込まれて混乱してるみたいで」
「そうですか……。あの、大変申し訳ないのですが、何が起きたのか事情を聴くのと、召喚登録書を作らなければならないのでもう少しお待ちいただけますか?」
「ああ」

 時間が掛かりそうな気配。イーヴァの事を伝えるより早く、召喚師はローブを翻して部屋から小走りに出て行ってしまった。倒れた召喚師の傍で何かをしていた男性召喚師もいなくなっている。
 そんな中、コルネリアは意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

「よしよし、2回目でビンゴか。幸先が良いな」
「何がですか?」
「いや、お前みたいな相棒に会えて良かったって事だよ。堅苦しいのは嫌いだから、気軽に喋ってくれよ。1年契約は間違い無いからな、息が詰まる」

 何だろう、彼女は少し落ち着き過ぎていないか。訳の分からない状況に遭遇しているはずなのに、まるで決めていたかのように滑らかな手順で問題をクリアしていっているように見える。話しぶりからして人外らしいので、年の功と言われてしまえばそれまでなのだが。

「1年も、私ここにはいないですけど」
「いいや。いるもいないも構わないが、あたしを連れていた方がお前にとっては得だと思うよ」
「何でそんな事言い切れるんだよ……」
「言い切れる。珠希、お前はそろそろトラブルの目になるぞ。うんうん」

 すでにイーヴァ達のパーティに対しトラブルを振り掛けまくっている身としては反論が出来ない。そういえば、もう20分どころか1時間くらい過ぎてそうな勢いだ。ああ、イーヴァを待たせているに違い無い。
 ここにずっといろとも言われていないし、神殿から出なければ問題無いだろう。イーヴァに、とにかく事情を説明して助けを請うなり何なりしなければ――

「すいません、お連れの方を案内して来ました」

 先程の女性召喚師が現れた、と思えばイーヴァを連れていた。何て有能なんだ。お姉さんに心中で拍手喝采を贈る。
 イーヴァは召喚師に礼を言うと、困惑の表情でこちらの輪に加わった。

「――珠希、遅いとは思ったけれど、そっちは誰?人間じゃ無さそう」
「何か、コルネリアとかいう名前の……なんだっけ。何とか民族?」
「いや、魔族な。物覚え悪過ぎる」

 魔族、とイーヴァが眉根を寄せた。続いて怪訝そうにこう溢す。

「何で魔族みたいなのが相棒召喚で出て来たの?あなたみたいな、高い魔力値の種族は自分でアーティアまで来ればいいのに」

 イーヴァの問いに対し、赤い魔族はニヤニヤと笑みを手向ける。

「別に。良いだろ、そんなのはあたしの勝手さ」
「腑に落ちない、と言っているのだけれど」
「あー、じゃあこうだ。あたしは人間が大好きで、人間と一緒にいたかった!これなら辻褄が合うな」
「それは無理矢理に辻褄を合わせた、っていう」

 目を伏せたイーヴァが渋い顔をして深く息を吐き出した。