第4話

08.


 1時間掛けて学んだのは相棒召喚――正式名称をクルト式召喚術についてだった。端的に言ってしまえば、クルト式召喚術と言うのは契約期間を決めて、その間はずっと召喚したそれが傍にいてくれる。つまり、コルネリアとは1年契約を交わしているので、術者が死亡しない限り彼女は四六時中自分の近くにいるという事だ。
 ちなみに、イーヴァが錬金術使用時に使ったのはアバカロフ式召喚術で、これは一瞬だけ異世界の住人の力を借り、終われば還るという必要時に力を借りるものの事を指す。

「何難しい顔してんの、珠希ちゃん?」

 皮肉っぽく訊ねてきたコルネリアに対し、呻り声を返す。イーヴァは仕方ないからコルネリアも連れて行くしかない、とあっさり承諾したがこちらはそういう訳にはいかないのだ。何せ、1年も異世界にいるつもりなど無いのだから。
 誰か「それは出来ない」、とか適当な理由を付けてコルネリアに還るよう言ってくれないかな――

「ロイだ。どうしたんだろう」

 1時間半ぶり、神殿の外に出た途端イーヴァがそう言った。彼女の視線の先には周囲を見回すロイの姿がある。彼と神殿には繋がりがあるように見えないので、自分達を捜しに来たのだろう。時間が掛かってしまったし、悪い事をした。

「ロイ、どうしたの?」
「あー!いたいた、珠希、イーヴァ!お前等遅すぎるって!つか、そっちのお姉さんは誰?何か人間っぽくないな!」

 ふぅん、とコルネリアが綺麗な目を眇めた。気分を害している風はなく、何かに興味を示したような顔。

「野生の勘ってやつ?ご明察通り、あたしは魔族さ。人間じゃないよ」
「はぁ?魔族?何で魔族がここに?」
「よくぞ聞いた。何とあたしと珠希は運命共同体!クルト式召喚術で結ばれた相棒なのさ」

 ロイに胡乱げな目を向けられた。断じて言うが、事故。事故である。

「ロイ、今日からコルネリアも同行するわ。事故とは言え、一度結んだ契約は簡単に解除出来ない」
「そりゃいいけどさ、フェイロンと仲悪そうだよな。えーと……」
「コルネリアだよ。フェイロン――名前からして有角族だな。あの貴族共は、確かに理由も無く魔族を嫌う奴が一定数いる。仕方ないっちゃ仕方ないけどね」

 クツクツと嗤うコルネリアを見て悟る。彼女以上にフェイロンの方が胃の痛い思いをするだろうなと。

「あれ、そういえばロイくん、どうして私達を捜してたんだっけ?」
「あー!そうそう、ダリルの件で俺等まで王城に呼ばれてるらしいぜ。どうするよ、イーヴァ」
「どうもこうも、呼ばれているのなら行くしか無いね」

 もうコルネリアの話題は良いのか、ロイが先頭切って歩き出した。

「えーと、コルネリアはどうする?」
「おう、相棒。お前に着いて行くよ。というか、いきなり放り出されても、特にする事が無い」

 ――野放しにしておくより、近場にいてもらった方が良いだろう。
 それに、問題のフェイロンとの顔合わせもある。後出しで紹介するのはマナー違反というものだ。

「というか、お前達は何でまた城なんかに呼び出された訳?召喚術の件?」
「いや、俺はそっちがトラブってるなんて知らなかったから別件じゃね?多分」

 不意にロイが手を挙げた。おーい、という音声付きである。
 馬車を待たせているようだ。

「好待遇過ぎて不気味」
「これって好待遇なんだ……」

 馬車の前に立っていた兵士が親しげに手を振る。いつの間にかロイと兵士はすっかり仲良くなっていたようだ。コミュニケーションお化けめ。

 ***

 城までの所用時間、僅か30分。馬車といえば長く掛かる乗り物だ、と無意識に脳内にインプットされていたようでうっかり転た寝をしたがすぐに起こされてしまった。

「うわ、まるで夢の国みたい……!」

 寝惚けた頭で浮かんだの実に頭の悪そうな感想だった。しかも、リアルジョークなので、イーヴァ達には一切通用しない、まさに自分独りの身内ネタのようで恥ずかしい。
 一人で気まずさを覚えつつ、その城を見上げる。今までみた――そう、大書廊よりずっと広く、そして尖った塔のようなものが何個も連なっているのは壮観だ。

「お待ちしておりました!」

 凛とした女性の声。ハッとして我に返れば、城門付近に男女が立っていた。先程声を掛けて来た女性、赤毛の長髪にグレーの瞳。無駄なものが一切無い、少しばかり中性的な顔立ちをしている。一瞬だけ見惚れてしまうような、芸術品のような女性だと思う。女子校に一人はいる孤高の女子高生のようなカリスマだろうか。
 対する男性。彼女と並んで何ら遜色無い。淡いブロンドに碧眼からほんのり漂う、ナンバーワンホスト感が拭えない。清楚系王子様、と言えば伝わるだろうか。女子高生の語彙力では彼を表現しきれない。
 彼女等の共通点としては、その華々しい外見に更に鎧のようなものを着込んでいるところだろうか。
 それにしても――とても眩しい。あまりの煌びやかさに目が潰れそうだ。
 茫然と彼女等を眺めていると、人の良さそうな笑みを浮かべたままの女がごく自然に手を引いてきた。

「私はヴィルヘルミーネと申します。貴方達を是非と招いたのはこの私です、よろしく」

 その名前はダリルの口から何度か聞いたものだった。会話の流れから推察するに、彼女こそが、ダリルの後任。騎士団長。
 途端緊張で硬直した珠希に気付くこと無く、ヴィルヘルミーネはもう一人の男に視線を移した。

「ハーゲン、彼女等を客室へ」
「承知致しました」