第3話

07.


「ダリル、応急手当」

 負傷しつつも戦意は衰えず、むしろ火を着けてしまった体のダリルへイーヴァが控え目に声を掛ける。言葉に反応して一度だけ足を止め振り返った彼はその首を横に振った。どういう事なのか、問い質す前に再びドラゴンへ向かって行ってしまう。

「行っちゃったね。大丈夫かな」
「ダリルは誰よりも頑丈だから、多分」

 と、不意にイーヴァが宙を見上げる。

「また魔法を撃ってきそう」
「ねぇ、そんな事よく分かるよね。全然何の事か分からないんだけど」

 ――さっきよりもドラゴンとの位置が近い。それで威力が変わったりするのかは分からないが、心持ちさっきより危険な気がしてぴったりとイーヴァにくっつく。何かが解決する訳ではないが、人間と言うのは群れで暮らす生き物なので近くに同じ人間がいるというだけでやや落ち着くのだ。
 戦闘組の方を見れば、彼等はフェイロンを盾にしているようだった。フェイロンはと言うと、右手に金色の文字で紡がれる術式を起動させている。
 次の瞬間、ゴウッと風が渦巻く音が確かに聞こえた。
 やはり先程と同様、目の前で茂みがざわざわと揺れる。頭を抱えて蹲った――

「珠希、それは魔法?私も肖らせて貰っているからあまり言えた事じゃないけど、無闇矢鱈に使わない方が良いよ。倒れてしまうかも」
「使ってないよ、使ってない!そんなファンタジーの代表格みたいなもの、私に使えるわけないし!」

 今度こそ自分の周囲には風が吹かなかった事を知覚出来た。そしてそれはすぐ近くで風が通りすぎるのを待っていたイーヴァも同様だ。
 使っていない、という断定に対し彼女は僅かに首を傾げた。

「本当に?でも、使うっていう意志がないと魔法を発動させるのは難し――」

 耳を劈くような方向。慌てて耳を塞ぎ、そちらを見ると丁度ダリルがドラゴンの羽を斬り落としたところだった。片腕でよくやる。
 手負いの獣のように滅茶苦茶に暴れるそれが、小石を跳ね上げた。それは約束したかのようにこちらへ真っ直ぐに飛んでくる。とはいえ、それを認識したのは跳ね上げられた小石が自分の目の前で何かに当たり、跳ね返ったからだ。野球選手が投げる球のような速度を持ったそれは、軽い音を立てて地面に転がる。当然、珠希は無傷だ。
 流石に言葉を無くし、イーヴァと目を合わせる。彼女は胡乱げな顔をしてコメントに困っているようだった。

「イーヴァ、珠希!ごめん、そっち行った!!」

 ロイの声。見れば自暴自棄になって暴れたドラゴンがこちらへ突進して来ている。その背にはダリルが手に持っていた大剣が突き刺さっていた。怪我人だと言うのに彼ばかり働き過ぎである。
 一瞬の現実逃避だったが、我に返るのはイーヴァの方が早かった。彼女はぶつぶつ、と口の中で何か唱えると突進してくるドラゴンに右手を向ける。
 その手にはすでに掌サイズの魔方陣が完成していた。
 金色の文字式が金色の光を放ちながら、バスケットボールくらいの大きさを持った、丸い火炎球に変わる。
 ――ああ、魔法だ。
 目の前で見たそれにジワジワと感動に似た何かが湧き上がってくる。マッチを擦ったわけでも、ライターを使ったわけでもない。頬に感じる熱さも本物の炎だ。
 チラ、とこちらを見たイーヴァと目が合う。
 彼女はそれをドラゴンの足下に放った。それは着弾と同時に爆発。地面を抉り、轟音を立てる。
 唐突な攻撃に慌てたドラゴンは無傷ではあったが、再びロイ達の方へ向かって行った。追い払う事には成功したのだ。

「ねぇ、珠希。今のは魔法だよ」
「え、あ、うん。……なんかイーヴァ、顔色悪く無い?」
「疲れた」

 フェイロンはあのくらいの魔法とやらをバンバン使うので忘れがちだが、彼の理論曰く、人間は魔力量が少なく魔法を使うとすぐに疲れるらしい。
 イーヴァの体調を観察しつつ、ドラゴンの方へ視線を移す。
 丁度、ロイが手に持った槍をモンスターの腹に突き刺した瞬間だった。その隙を逃さず、フェイロンが軽いフットワークで蹴りを放つ。大した威力など無いように見えたが、硬い物が砕ける音がここまで届いた。何て馬鹿力だ。
 グルルル、と呻り声を僅かに上げた巨体が倒れる。

「やった、倒したぜ!」
「……ううむ、予想より被害が大きかったな。ダリル殿、治癒魔法を掛けようか?」
「ああ、頼んだ」

 機嫌の良いロイがスキップでもしそうな勢いで駆け寄って来た。

「イーヴァ、魔法なんて使えたんだな!」
「うん……。でも、ちょっと疲れた」
「顔色、良く無いな」

 治癒魔法が何とか、と話をしていたフェイロンとダリルもこちらへやって来た。眉根を寄せたフェイロンがイーヴァの顔色をまじまじと観察する。

「ルーナへ急ぎ戻った方が良いな。ダリル殿の傷も存外深いし、イーヴァも無茶をしたようだ。人とは脆弱な生き物よな」
「怪我人だらけになったな!」
「怪我人第一号に言われても腹が立つだけだね」

 待って、と悪い顔色のままイーヴァがその動きを制した。その双眸からはどこか必死さを感じる。

「素材の回収をしないと」
「……ああ、そういえばそれが目的で主等は着いて来たのであったか。失念しておったよ。主の、錬金術に対する飽くなき執念もな」

 立ち上がったイーヴァが「立ち眩みがする」、と言っているのにも関わらず無駄に元気なロイに引っ張られてドラゴンの死骸へ近付いて行った。ロイの底無しのパワーには何か秘訣でもあるのだろうか。