06.
湖、と言うのは例の鱗系モンスター改めアグリアのドラゴンが出没する前まで、ホットな観光スポットとなっていた長閑な森林のオアシスだ。そこを躊躇無く戦闘に使うあたり、やはりダリルは戦闘狂の気がある。
ともあれ、そう遠くは無かった湖にはすぐ到着した。湖を緩く囲むように伐採された森林。それ即ち、非戦闘員である自分やイーヴァの身を隠す場所も少ないという事になる。
「う、うわー!どうしようイーヴァ、私達はどこにいればいいの!?」
「一番安全なのは湖の底だね。でも、私は空気砲系の魔法は使えないの。ごめん、珠希」
「何の魔法なのか分からないから事の重大性も分からないや!」
落ち着けよ、と爽やかに言ってのけたのは頭に巻かれた包帯が眩しいロイ少年だった。怪我人に落ち着けと宥められるとは。
「死ぬ時はみんな一緒だぜ!」
「そんな雑な励まし方初めて見たよ!しかも何も解決してないって言う!」
軽いパニックを起こしているうちに、木々を押し倒して人間の2倍くらいは大きなドラゴンが姿を現した。まさに想像通り。深緑色の体躯に、トカゲのような体付き。薄い膜のある羽は凶悪なフォルムをしている。
絵に描いたような、まさにドラゴンと言った体のそれは獲物の人間を見つけるや否や、声高く天に向かって吠えた。腹に響くような重低音に上げかけた悲鳴をも呑み込む。
「小振りだな。いやあ、懐かしい!あれより二回りはデカいドラゴンを仕留めたっけな。あー……あの頃も悪くは無かったんだよなあ、悪くは。今も楽しいけどさ……」
「前でも今でも良いが、そろそろ依頼を始めようぞ、ダリル殿」
「アグリアのドラゴンは魔法撃って来るから、イーヴァ達はもうちょっと離れてないと危ないぞ!」
ロイの言葉により、イーヴァの判断を仰ぐ。遠くと簡単に言うが、どの程度離れていれば安全なのか。しかし、当のイーヴァはやや眉間に皺を寄せ見当違いの言葉を口にする。
「アグリアのドラゴン『は』……?魔法を撃たないドラゴンなんて、ドラゴンモドキ以外はいないと思うのだけれど、どう思う、珠希?」
「ど う で も い い !退避退避!こちとら、膝を擦り剥いただけで死ねる貧弱な女子高生なんだぞ!」
半ばイーヴァを引き摺るようにして湖から離れ、立ち並ぶ木々の間で息を潜ませる。こちらがやった事も無い隠密行動を取っているというのに、イーヴァはと言うと棒立ちで戦闘模様を眺めていた。いいから、身を隠せ。
茂みの中から男3人の様子を伺う。
これまでではいつもそうだが、やはり一番に大剣を振りかぶったのはダリルだった。そのダリルに後押しされる形でロイが参戦。最後まで誰のペースに合わせる事も無く様子見を続けるフェイロン。戦闘なんて戦闘力5以下のゴミである女子高生の自分には縁のない話しだが、こうもトラブルに巻き込まれればそれぞれの傾向くらいは分かって来た。
当たり障り無く、ダメージを受けず、しかし掠り傷くらいのダメージしか与えられず戦闘風景がアニメのように淡々と流れて行く。
「ねぇ、珠希。風の流れが変じゃない?」
「……いやごめん、天気系の問題はいつも分からなくて空欄の私に言われても分かんないや。季節風の話だったっけ?」
「違う。この風、魔力を帯びているような――」
ごうっ、と台風時に起きる強風のような音が鼓膜を叩いた。目の前の茂みや寄り掛かっていた木の枝が盛大な音を立てて軋む。
「うきゃ……!」
ドラゴンを中心に発生した螺旋状の風の波は、当然離れていたここまで届いた。風に煽られて立っていたイーヴァが転倒し、尻餅をつく。屈んでいた珠希は慌ててイーヴァの方を振り返った。
「うわっ、派手に転んだけど大丈夫?怪我してない?」
「大丈夫、怪我する程じゃないよ」
「いやでも森の中だし、枝とかが刺さって大怪我――とかあり得なくないじゃん?」
「そこまでは想像してなかった。物騒な思考回路だね」
屈んでいたおかげか、ほぼノーダメージだった珠希は乱れてしまった髪を反射的に整えようとして、風に煽られたはずの髪が全く乱れていない事に気付いた。というか、屈んでいたとはいえ、風の煽りを一切受けないのは流石に変――
「うわあ、ダリル大丈夫か!?」
ロイの声に気付きかけた何かがすっ飛んだ。
見れば、いつも敵の一番近くに陣取っているはずのダリルが片腕を押さえ、ギリギリまで後ろに下がっているのが見える。
「――怪我したみたい。珠希、ダリルを回収しに行こう。私は治癒魔法なんて高等魔法は使えないけど、救急箱を持ってる」
「分かった!……もっと身を屈めて、イーヴァ!見つかったら私達、八つ裂きにされて人刺しみたいな料理名で晩餐に並べられる事になっちゃうよ!」
「ひ、人刺し……。何だか馬刺しみたいなノリだね」
ガサガサと盛大な音を立てながら突き進む。今日の教訓としては、ジャパニーズニンジャは凄いって事くらいか。現実逃避って素晴らしい。