第3話

05.


 しかし現実はいつだって無情だ。
 はい、とイーヴァに依頼書を渡された。何だって言うんだ、今ココで破り捨ててオッケーって事?

「珠希、一緒に依頼を受注しに行こう。何事も経験」
「や、経験も何も……これ終わったら、私は家に帰る予定なんだけど……」
「知ってるよ。良い思い出になると良いね」

 ドラゴン討伐が良い思い出って他にどれだけ良い思い出が無かったんだ。基本的にゆとり世代のこちとら、苦労して得た達成感より如何に日々を趣味の時間で潰せるかの方が重要なんだが。
 ドラゴンという明らかに地雷臭漂う生物の事を考えたくないせいか、思考があちこちに散らばるのを感じる。けど、人間は本当に嫌な事がある時現実を直視出来なくなるそうだし、仕方ない。これも人の性というものだ。
 その後、イーヴァと共に受付へ行き、何故か依頼受注の手順を一通りしっかり覚えさせられた。教師も真っ青の手際が良い教え方だったが、依頼受注という作業がこの先の生活で役に立つかどうかと問われれば微妙である。

 ***

 依頼受注を済ませ、ルーナの森へ突入する。
 安直過ぎるネーミングはこの際目を瞑っておこう。何せ、分かりやすさだけはピカイチだ。

「ねぇ、一つ訊きたいんだけどさ、これってまさか――この広大な森の中を、歩きで探すの?無理じゃない?」

 如何にドラゴンとはいえ、流石に森の中を宛もなく歩き回って遭遇出来るはずがない。そういう意味を込めて自分的には尤もな質問をしたのだが、ははっ、とロイの軽い笑い声によって的外れな質問をした事に気付かされる。

「大丈夫だって!ウチにはフェイロンがいるだろ!」
「ああ、確かに。人狼と人間の見分けは付かなかったフェイロンがいるね」

 ――と何故か不敵な笑みを浮かべるフェイロン。馬鹿な人間共め、と言われている気がしてならない。

「何度も同じ説明はしたくない故、割愛するがドラゴンの居場所には俺に任せておけばすぐに辿り着ける。ドラゴンと言うのはその名に違わず、人間よりは間違い無く大量の魔力を保有しておるからな」
「あ、やっぱりそんな感じで探すんだ」

 フェイロンの名前が出て来た時点で予想はしていたが、確かに彼の探知能力はフリオの時に当たっている。であれば、ドラゴンも行けるだろうか。自分が旅の仲間に加わった後の確率ならば、見つかる可能性は半々くらいだ。
 大丈夫、とイーヴァが励ましの言葉を掛けて来た。が、何が大丈夫なのかまるで説得力が無い。

「依頼書によると、そのモンスターはアグリア産。本当に恐ろしいドラゴンはグランディアのドラゴンなのだから、今回は心配しなくていい」
「何その謎理論。どこのドラゴンだろうと私みたいなクソ雑魚が向かっていったら秒殺だよ……」

 ドラゴンはおろか、イグアナにだって勝てる自信がない。
 未知なる恐怖にお腹が痛くなってきた時だった、「おや」、とフェイロンが声を上げて立ち止まったのは。

「うむ、巨大な魔力――こちらだな」
「み、見つけちゃったの?」
「ああ。早めに仕上げて、戻ろうぞ」

 ――と、空気が張り詰め、息が詰まるような感覚が身体を襲う。何かに睨み付けられているような、まさに蛇に睨まれた蛙のような気分だ。
 そんな緊張を余所に、ロイが背に負っていた得物を手に取った。余談だが、折れた槍とは別の槍をいつの間にか用意したらしく、それは新品同様の輝きを放っている。
 木々の隙間から緑色の巨大な体躯が見えた。それは大して隠密行動をする気も無く、ただ真っ直ぐにこちらへ歩み寄って来る。

「なあ、考えたんだけど、こう障害物がある場所じゃ俺だけかなり不利だし、少し戻って湖付近で戦わないかい?」

 緊張感もへったくれもないダリルの言葉だったがしかし、イーヴァはその要求を承諾した。いつも通り「分かった」、と飾り気のない言葉を放った彼女に手を引かれ、その場をゆっくりと離脱する。

「なあ、着いて来るかな。アイツ」

 チラチラと背後を気にしながら駆けだしたロイが尋ねる。クツクツ、と意地の悪い笑い声を漏らしたのは言うまでも無くフェイロンだ。

「着いて来るだろうな。何せ、アグリアのドラゴンは肉食。ここに活きの良い餌がいると言うのに見逃す訳がない。話によると、珠希やイーヴァくらいの人間の娘が一等美味らしいぞ?」
「えっ、今その情報必要?仲間内で嫌がらせは止めてよ!しかもその話、人狼の時も聞いたような……」

 フェイロンのせいで余計に重くなった気分を、肺の空気と共に外へ吐き出す。しかし、今まさに自分達を追跡しているモンスターが恐ろしい対象である事に代わりはなく、今もなお刻一刻と弱い腸にダイレクトダメージを与えているのは言うまでも無い。