04.
***
朝、起きて朝食を摂るなり全員でギルドへ行く事になった。当然、現代日本にはギルドなんていう施設はなかったのでそれなりに楽しみである。
――しかし、心配事が一つ。
先頭を歩いているロイの背中を見て、珠希はこっそりと溜息を吐いた。頭を強打して、怪我をした人物を昨日の今日で動かしていいのだろうか。本人は大丈夫だと言っているが、ドクターストップものの暴挙のように感じる。
「随分と静かな事だがな、ギルドに着いたぞ。珠希」
訝しげな顔をしているフェイロンにそう言われ、顔を上げる。ギルド、と言うがそれは周囲の建物と何ら変わらない一見すると酒場のような場所だった。
「酒場みたいに見えるね」
「ギルドの多くはクエスト受注者に酒を出すでな。そういう雰囲気があるのは、目を瞑ると良い」
「あー、酒場なんだね。要は」
高校生である自分には理解出来ない領域だが、酒を飲む事で人によっては話が進んだり、或いはマイルドな感じになるらしい。アルコールって恐い。
いつの間にかイーヴァとロイを追い抜かしたダリルが、一番にドアを押し開けて中へ入って行く。基本的に最後尾でのんびりしている事が多いダリルが、先頭切って行動しているのはそれだけで不安な気分にさせるので自重して欲しいものだ。
「珠希はギルド、初めてだって言ってたね」
「ああ、うん……」
得心したように頷いたイーヴァが酒場のような内部には相応しくない、巨大な掲示板を指さす。掲示板には大量の紙類が画鋲で留めてあった。
「あそこから好きなクエストを選んで、受付に持っていく。それで、契約が成立すればクエストに出発するんだよ」
「受付って……カウンター席だと思ってたよ」
受付とやらにはビールジョッキを持った中年の男性が座って隣の男と大声で話をしている。まんま居酒屋だ。
何か物が落ちる大きな音がしたのでそちらを見ると、今まさに喧嘩が勃発する瞬間だった。方や椅子を手に大声を張り上げ、もう一人は腰の剣に手を掛けている。治安があまりよろしくない事は一目瞭然だ。ようやくダリルが先に入って行った理由を知った。彼は、『イーヴァの護衛』という職務を遂行していたに過ぎない。
「ねぇ、どんなクエストを受けるの?っていうか、どんなクエストがあるの」
「大半はモンスター退治。後は留守番とか、護衛とか、色々あるよ」
「そうなんだ。今日はどんなクエストを受けるの?」
「ついでに素材が採集出来るようなのがいいかな」
すでにロイとダリルが掲示板の前で何やら話し込んでいたが、そこにイーヴァが加わった。
フェイロンと待ち惚けする事数分。
イーヴァはやや興奮気味に一つのクエストを持って来た。心なしか、鉄面皮に笑みすら浮かんでいるように見える。喜ばしい事のはずなのに、嫌な予感が拭えない――
「イーヴァよ、結局何にしたのだ?」
「鱗系モンスターの討伐。緩和して書いてあるけど、多分討伐対象は竜種だと思う。アグリア産らしいから、油断さえしなければ良い素材が採れそう」
「そうか。ううむ、アグリアからの迷いモンスターだと言われると、少しばかり思う所があるな」
苦笑するフェイロンを余所に、脳内では『竜種とは何か』についての熱い議論が交わされていた。今の所、竜とかドラゴンでしょ派が7、魚類の別称じゃね派が3と案外意見に偏りが見られる。
が、考えていても仕方が無いので、ご満悦そうなダリルに話を聞いてみる事にした。彼の機嫌が良いって事は簡単なクエストなのかもしれない。
「竜種って何ですか、ダリルさん」
「ん?竜種、って言ったら――あー、何て言えば良いかな。羽の生えた爬虫類って言えば伝わるかな」
「普通にドラゴンで伝わらないのかよ、それ」
ロイの横からの補足で全てを理解した。自身の血の気が引く音を鮮明に聞いてしまい、眩暈すら覚える。
ドラゴンと言えば――主に西洋のお伽話における、絶対的なヒールであり、時には神のような役割をも果たす神聖で邪悪でもある存在。その破壊的デザインに漏れず、街を1個破壊しただの何だのという伝説を数多く残している。
ただし、その伝説を聞いても「へー、そうなんだ」という反応しか出来なかった。何故なら、ドラゴンなんて空想上の生物。少なくとも日本にはいないし、会った事も無い。
そんな空想上の怪物と、実際に対峙する。
――留守番係とか要らないかな……。
「珠希ちゃん?何だか顔色が悪いみたいだけど、寝不足?」
「い、いや……ドラゴンの晩餐に並ぶ食材になるんじゃないかって、恐々としていただけです。というか、何でダリルさんは楽しそうなんですか」
「何でって、前の職場でよくドラゴンの討伐とかしてたなあって思うと、少し楽しくなってきたから……かな」
「よくドラゴン討伐……?前の職場、修羅過ぎません?」
前の職場とやらが嫌いなのか好きなのか。いい加減ハッキリしろ。
心中で八つ当たりじみた言葉を吐き捨て、珠希は頭を抱えた。どうにか上手い事言いくるめて、別のクエストに変更出来ないだろうか。