第3話

03.


「ロイ、目的は何だった?フリオをぶちのめす事?」
「そりゃ……そこは通過点で、最終的には人類滅亡なんて口にするのも恥ずかしい野望を止めさせるのが第一目的だけど」

 ようは話を聴かない相手に、力量を示す事で話を聞いて貰える状況へ持っていくのが目的。つまり、フリオを叩きのめすのはその通過点。何一つブレていないし、最初からそのつもりなのだが、何故今、それを確認されたのだろうか。
 だったら、と続けられたイーヴァの言葉で我に返る。彼女はいつも通り冷静だ、騒がず、慌てず、当然のような態度。

「別に正面から堂々と戦う必要は無いね?」
「……いやそうだけどさ、俺とフリオ、あんなに関係冷え切ってっけど親友だからな?」
「正直に言って、ロイが彼に勝てるとは到底思えない。種族間の力差が顕著に表れているし、あちらはロイ以上に必死。死ぬ思いで行動してる。平和ボケした私やロイじゃ、逆立ちしたって勝てはしないよ。今回だって生きていたのが不思議なくらい。ロイはあの場で殺害されても何もおかしくなかった、だから、そこを突く」

 そうだ、咄嗟に槍の穂先を持って攻撃に転じたあの時。本気で殴りつけられていれば、頭をぶつけるどころか、ぶつける頭の部分がフリオの手によって四散していた。つまり、一応は加減をされた事になる。
 言葉が脳に浸透したのを見計らってか、イーヴァは淡々と、蕩々と言葉を紡いでいく。それは恐ろしい程クリアに脳内へと吸収される。一種の洗脳のように。

「あの時、咄嗟に手加減した彼は、理屈ではあなたと決別した事になっているけれど、実際はあなたの事を切っても切り離せない存在だと思っているはず。つまり、ロイが正々堂々正面から、って考えしか無かったように、フリオもあなたが正面からしか掛かって来ないと思い込んでいる。無意識的にね」

 そうかもしれない。だって今まさに、フリオが騙し討ちしてくる未来を予想出来ない。それに、先程会った時、一度見逃されているのも事実だ。

「だからね、ロイ。私は新しい魔法武器を造る。それを持って、次にフリオと出会った時は、一撃必殺の不意討ちで、対峙した瞬間に、沈めて」
「そんな事――」
「出来るから、術式を起動させる勉強をしてくれる?ダリルみたいに肉弾戦に拘ったりはしないんでしょう?」

 人道外れている、というか友人相手にするような事ではないと頭では分かる。
 ただ、フリオは強すぎた。このままでは何度向かって行っても話を聞いて貰えるどころか、いつかフリオの決心が着いたら自分が殺される危険性すらある。それでは駄目だ。

「――分かった。勉強する。だけど、次フリオにいつ会えるかは分からないぞ。もう大陸を出て行くかもしれないし」
「それは無いよ。フリオは珠希を狙ってる。だから、近いうちにまた私達の前に現れると思う。今が好機なんじゃない?だって、待っていれば向こうから来てくれる状態だから。あと、フェイロンがフリオを捕まえる気満々。ロイが早く手を打たないと、あなた達の友情に亀裂が入る事になりかねない……」
「ああ、俺が努力してフリオを越えてる暇は無いって事か……把握」

 パーティ内に嫌な構図が出来上がりつつある。フェイロンの言い分は尤もだ。世界単位で迷子の珠希の存在を知り、あまつさえ狙っている相手。それ即ち、珠希が何故ここにいるのかを知っている可能性があるという事だ。
 ――あの人、案外迷子に優しいんだな。
 普段は面倒臭がりで物臭な300歳越えのお貴族様。そんなイメージしか無かったが、今となっては誰よりも珠希の帰宅事情に貢献していると言えるだろう。
 思考を斬り裂くように、ただいまー、という声と共に珠希達が部屋へ入って来た。手には果物が詰まった篭を持っている。他2人はともかく、珠希は大変ご機嫌なので何か美味しそうな物でもあったのかもしれない。
 帰るなり珠希は聞いてもいないのに喋り始めた。その勢いたるや目を見張るものがある。

「何かルーナって広いね。村、書廊って来たから余計にそう感じるのかもしれないけど」
「興味がある事だけは体力を無視して動くよね、珠希ちゃん。もうおじさんぐったりだよ……」

 言うなりダリルは備え付けの木製椅子に盛大に座り込んだ。疲れがありありと滲んでいる。

「珠希、部屋に戻ろう。今日はロイを休ませないと」
「あ!そうだね!じゃあ、戦利品――じゃなくて、見舞い品は置いていくから!私も疲れたし、お風呂入ってゴロゴロしよっと」

 何をしに来たというのか。文字通り篭を置いた珠希は意気揚々と退室した。やや呆れた、というか困惑した顔のイーヴァが続く。

「では、俺達も戻るとしようか。ダリル殿」
「あー、寝てた……」
「ロイを運んだり、今日は重労働ばかりだったからな。疲れているのであれば、部屋へ戻った方が良いぞ」

 うーん、と寝起きのオッサンじみた呻り声を漏らしたダリルが本当に重そうな腰を上げる。そのまま寝ているのか起きているのか分からないような表情で外へ出て行くダリル。フェイロンだけがふとドアの所で立ち止まってこちらを振り返った。

「結構重傷だったようだが、それはそのままで良いのか、ロイ」

 フェイロンの人差し指は自身の頭を指している。それだけで言わんとする事が分かってしまい、ロイは苦笑した。