第3話

02.


 ***

 バタバタと3人が出て行ったのを見て、ロイはこっそりと溜息を吐いた。
 ハッキリ言って頭をぶつけた後遺症は無いにしろ、後頭部がパックリ割れていたので3針縫った。そんな事を言えば安静にしていろと言われるのは明白なので口にはしなかったが、現在においても頭を物理的な痛みが襲っている。
 明日までには良くなっておいてくれよ、と今まで存在すら忘れていた神のようなものに祈ったところで、残っていたイーヴァと目が合った。
 自然、ずっと思考を巡っていた謝罪の言葉が口を突いて出る。

「何か、ごめんな。ドタバタして。俺が病院なんか行ったせいで、資金が足りなくなったんだろ?」

 僅かに首を傾げたイーヴァは「いや別に」、とそう応じた。彼女の性格からして当然の反応である。

「最初からこの辺りで旅費が尽きるのは分かっていたよ。珠希も加わったからね」

 それは嘘だと思う。基本的に宿の代金は借りた部屋の数に準じる。珠希が加わったところで、イーヴァと珠希は同じ部屋なのだから金が倍に掛かるという事ではないからだ。それにしたって金なんて使い続ければ無くなるもの。
 旅費が尽きる事は分かっていた、それは本当の事だ。ただし、イーヴァの予定では王都に着いてからそこでギルドのクエストを受けるつもりだったのだろうが。
 そんな考えを見透かされたのか、イーヴァは肩を竦めて首を振った。

「予定なんて決定事項じゃないのだから、変わったって良いんだよ。何でも思い通りに事が運ぶ方がおかしい」
「お、おう。あと……その、槍……折れちゃったんだけど……」
「うん、見てたよ」

 あの槍、ベースは武器屋で買った安物の槍だがイーヴァにお願いして戦闘中、勝手に発動する魔法――所謂、エンチャント魔法の術式を組み込んで貰った。つまり、無理を言って作って貰ったものである。

「あー、何やってんだろ俺……。結局、フリオもどっかいっちまったし、戦士の命綱だっていう武器まで破壊されるし……」
「ネガティブ思考は傷に障るんじゃない?」
「冷静だよな、無駄に!」
「槍は一応補正したけれど、かなり脆くなってる。私は武器を振るわないから分からないけど、多分強くぶつけられたら柄の部分が折れると思う」
「そ、そっか……」

 ――正直な話。
 村長の件なんて、別にどうでも良かった。死んでいようが実は生きていようが、どっちでも。村の大人達との関わりしか持たない、村長なんて肩書きをぶら下げた知らない老人より、隣に住んで居た兄のような存在であり、親友であるフリオの方がずっと気に掛かる。
 だから村を飛び出した。
 もう2年も帰っていない。
 とにかくフリオを連れ戻そうと駆けずり回ったが、彼は会った自分の言葉に耳を貸しはしなかった。やはり、ブン殴って大人しくなったところで諭すのが一番だと悟ったのは、彼を追い掛け始めて2年が経った頃だ。
 ――が、どうしたってフリオに勝てない。
 武器を工夫したり、ダリルに指南して貰って身体を鍛えてみたが、到底フリオには及ばない。このまま普通にやっても勝てないのではないだろうか。

「ロイ」
「え?ああ、何?」
「それ、フェイロンに上から治癒魔法掛けて貰えば?その状態で、明日のクエストへ一緒に行くのはちょっと無理があると思う」
「……でも、フェイロンには怪我の事、詳しく話してないぞ」

 診療所に同行したイーヴァしか、診療所内で起こったプチパニックの全容を知らない。意外と深かった頭の傷は絆創膏程度では到底塞がるものではなく、その場で縫われたのだから案外と大怪我である。

「私が話すから、とにかく治癒して貰って」

 有無を言わさない口調にロイは大人しく頷いた。後ね、と更にイーヴァは言葉を紡ぐ。こちらを気遣っているのか、それとも他に人がいないからか今日の彼女は随分と饒舌だ。

「折れた槍の件に戻るけれど、あなたが使っていた槍はもう使い物にならないだろうから、ルーナにいる間に繋ぎの槍をどこかで買って」
「繋ぎ?もういっそ、折れない頑丈なやつ買った方が良いんじゃないのか?」
「いいえ――市販の槍なんて使うからそうなるの。今度は私が、錬金釜で、生成するから。魔法を量産品の不良品にくっつけたから簡単に折れたように、私には見えた」

 どうだろうか。例えば、あの時フリオに対峙していたのが自分ではなく、ダリルだったならば。彼はあの市販の槍でフリオを見事倒していたに違い無い。結局は武器どうこうではなく、使い手の技量がものをいうのではないか。
 黙り込んでしまったのを、イーヴァの錬金術について不安がある、と受け取ったのかイーヴァはやや顔を伏せた。

「確かに、槍を生成した上で術式を絡めるのは難しいかもしれない。けれど、別々に行っていた作業を一緒くたに出来ないはずもないと思うの」
「あ、いや、別にイーヴァの錬金術が不安だって言ってるわけじゃないって!俺の滅茶苦茶なオーダーにも応えてるわけだしな!ただ……いくら良い武器を持っていようと、俺自身が弱いんじゃ話にならないな、って思っただけで」

 イーヴァが眉根を寄せて怪訝そうな顔をした。上手く意思疎通が出来なかったらしいので、もう一度噛み砕いて先の戦闘を振り返る。

「イーヴァは戦闘に参加しないから分かんないだろうけど、俺とフリオの力量差はもう、武器を変えた程度じゃ埋まらないくらい差がある。何でか知らないけど、村を出る前よりアイツ強くなってるし……」
「それは当然でしょう。彼は人類滅亡を企んでいるのだから、身体くらいは鍛えるはず。強くなっている事はあれど、その力量がそのままだなんて事は無いよ」

 イーヴァの顔には最早、深い眉間の皺が刻まれている。何をお門違いな話をしているんだ、と言わんばかりの表情に困惑するばかりのロイは口を噤んだ。