第3話

01.


 ルーナ街というのはレンガ造りの全体的にくすんだ赤色のイメージを持つ大きな街だった。カモミール村、大書廊と来てここでようやく街へ来たから余計にそう思うのかも知れない。
 そんなルーナには決して小さくはない診療所があり、ロイはそこへ運び込まれた。移動している1時間半の間に目を醒まし、普通に歩行も可能だったのだがダリルが大変心配して、結局街へ着くまで負ぶったままだったのは圧巻の一言だ。
 そうして一人はロイと診療所へ、一人は宿の手配を、様々な仕事を分担し、それぞれが終了して診療所へ集合した時には空は茜色に染まっていた。

「どうだった?大丈夫だった?」

 ロイの顔を見て開口一番に珠希はそう尋ねた。頭を強く打った時、症状は間を置いて遅れてやってくると聞く。そうであった場合、そろそろロイが原因不明の体調不良を訴えても不思議ではなかったからだ。

「おう、もう元気だぞ!ただ、医者が今日1日は安静にしとけって言ってたけどな!」
「え、それって本当に大丈夫なの……?」

 大丈夫、そう言って笑うロイにはあまり元気が無かった。身体的に、というより精神的ダメージの方が大きそうだ。フリオには誘拐されかけたりと良い思い出が全くないが、その件については皆に触れないよう言っておく必要がありそうだ。

「今日はこれからどうする――と、言いたいところだけれど、ロイは今日中は絶対安静。宿へ移動しよう。特にやる事も無いから」

 そう宣言したイーヴァはロイが反論するより早くドアへと向かって行き、部屋から出る。その有無を言わさない態度に、当のロイはらしくもない苦笑していた。

 ***

 部屋は今回3つ取った。言わずともがな、ロイは一人部屋のVIPルームだ。ダリルと同じ部屋にすると手合わせがどうのだと言い出しかねないし、何よりメンタルが弱っているとしか思えないロイを少しは一人にしてあげたかったのだろう。
 ロイの部屋に集まった一同は神妙に顔を付き合わせている。というのも、イーヴァが珍しくやや頭を抱えているのが分かったからだ。

「――聞いて。旅費が足りなくなったから、明日はギルドへ行って、クエストを受ける事にした」
「金が足りぬ?……ううむ、俺にはよく分からぬ感覚だなあ」
「まあ、金なんて掃いて捨てる程持ってるフェイロンには分からないだろな……」

 フェイロンのあんまりとも言える言葉にダリルが盛大に顔をしかめた。

「そんなにお金持ちなら、フェイロンに旅費持たせればいいのに」
「金を持っている者に集っていく姿勢、嫌いではないぞ。珠希よ、俺の出身地はアグリア。アグリア内通貨と、アーティア通貨は違うのだよ。よって、俺も一文無しに同じだ」

 金が無い事は分かった。ただ、ギルドというのはよく物語で出て来るそれと同じものだろうか。後で呆れた顔をされるよりは、今訊いてみた方が良いだろう。

「ねぇ、ギルドって何?」
「珠希が住んでいた所に、ギルドは無いの?簡単に説明すると、依頼人が出した依頼をこなして、金銭という報酬を貰う施設。仲介料を取られるけれど、手っ取り早く稼げるのはここ」
「へぇ、便利じゃん!犬の散歩も金を積めば代わりにやってくれるって事でしょ?」
「止めておいた方が良いよ、珠希ちゃん。ギルドへの依頼人になる為には経済的な余裕が無いと。雑なギブアンドテイクで成り立ってる社会だからさ、報酬の上乗せ要求なんて日常茶飯事だし」

 詳しく聞いてみると、依頼を受けてみてその難易度が割に合わなかった場合、裁判を起こしてでも報酬を上乗せしろという輩もいる。つまり、ある程度余裕が無ければ全財産を失う事にもなりかねないのだ。
 信用業とは、そもそも人への信頼とは。
 そんな根源的な疑問に行き着いたが、ロイの発言によって思考が現実へと引き戻される。

「なぁ、俺も行くよ。だからクエスト受けるの、明日以降にしてくれ」
「え、ロイくん大丈夫?今日1日安静、って言ってるけどもうあと何日かはゆっくりした方が良いんじゃない?」
「大丈夫だって!それに……」

 不自然な所で言葉を切ったロイは渋い顔で窓の外を見やった。胡乱げな瞳は、常に元気溌剌としている彼程似合わない者もいないだろう。
 ――何か思う所があるのかもしれない。
 ロイの為、と言うよりは居たたまれない空気にどうしていいか分からなくなり、珠希はその場に立ち上がった。視線が集まるのが分かる。

「あのー、ほら、何か食べ物……果物とか買って来ようか?」
「えっ、珠希ちゃん一人で?迷子になる気しかしないし、俺も行くよ」
「丁度良い、俺も買う物があるでな。同行しよう」

 何故かゾロゾロとダリル、フェイロンが着いて来た。流石に一人では行きたくなかったが、こんなに人が着いて来られても困惑を隠せない。
 それにこの流れだと、イーヴァがロイの元に残るだろう。否、いっそ全員で外出するか?いやでも、ロイは絶対安静を言い渡されている。それを安易に外へ連れ出すのはどうだろうか――

「珠希。私、アイスコーヒーが飲みたい」
「あ、うん。分かった、一緒に買って来るね……」

 言外に行って来て欲しいとお願いされ、半ばフェイロンに押されるようにして部屋から出た。