第2話

11.


「フリオ!とにかく、人類滅亡なんて時間と労力の掛かる事は今すぐ止めろ!どうせ思い付きで言っただけで、特に何か計画があるわけじゃないんだろ!」
「そう思いたいのなら、そう思うと良いさ。お前の考えを否定しはしないよ」

 フン、と鼻を鳴らしたフリオがすらりとロングソードを抜く。装飾の類は無い、至って特徴の無いそれを手で弄ぶ姿は油断しているようにしか見えない。

「ルーニー、今のうちに回収しておけ」
「はぁい、了解」

 相方の女――ルーニーは返事するや否や、戦闘が始まりそうだったのでその場から離れようとしていた珠希とイーヴァの方へ視線を向けた。何なんだ一体。現役女子高生に用があるとは思えないから、恐らくは錬金術師であるイーヴァの事を指しているのだろう。
 当然、このまま得体の知れない女に追い詰められる程、人手が足りていないわけではない。現状に対し、一番に反応を示したのは高みの見物を決め込んでいたダリルだった。護衛として一応は雇われている彼は、雇い主の身に迫る危険に対し身体を割り込ませる。

「回収――って、どっちの事を言っているのかな。まあいいや、言葉の響き的に人道的な話題じゃ無さそうだし」
「あら、良い男じゃない。頑丈そうだし、何より意外と負けん気が強そうでそそるわ」
「うわ、何だコイツ……」

 冷笑から一転し、妖艶な笑みを浮かべたルーニーは楽しそうだ。ただし、顔色の悪さも相俟って酷く不気味ですらあるが。
 一方で、やはり何でもスタートの遅いフェイロンはと言うとこちらよりロイの方を気にしているようだった。あちらは完全に二人の世界というか、余人が立ち入る事の出来ない空気である。得物を抜いて手に持ったままの口論。明日の新聞の一面を飾りそうな構図と言っていいだろう。

「――フェイロン!こっちは俺が処理するから、ロイを頼んだ!」
「そうは言うがな、ダリル殿。見て分かる通り友人同士の喧嘩に首を突っ込むのはどうかと思うのだよ」
「じゃあこっち手伝って!突っ立ってないで!」

 うふふ、とルーニーがダリルの泣き言に対し嗤う。

「あらあら、アタシが恐いの?それとも、女を囲んで袋叩きにしようって腹なのかしら?良いわね、そういうの。叩き潰した時に、よぅく良い声でなくのよ、そういう人って」
「もう嫌だコイツ!凄くやりにくい!助けてイーヴァちゃん!」
「頑張れ、ダリル」

 酷い棒読みだった。しかし、ここはダリルのノリに乗ってあげたイーヴァへ賞賛の声を上げる方が勝るだろう。こんなレア台詞、なかなか聞けないぞ。
 いまいち仕掛けるタイミングを失ったらしいダリルに同情の視線を送る。何せ、うっかり彼が倒されるとその次に狩られるのは自分とイーヴァだ。どうにか持ち直してはくれないものか――
 と、ダリルの肩越し。すでにがっくりと戦意喪失しているダリルの向こう側からこちらを見ているルーニーと目がバッチリ合った。言うまでも無い、彼女はダリルを通り越してこちらを観察しているのだ。

「だ、ダリルさん!ホント頑張って!何かあの人、こっち超見てますから!」
「お姉さんの熱い視線に気付いたの?良い子ね」
「どの辺が良い子なんですかねぇ……」
「そんな良い子のアナタ――アタシ達と一緒に来ない?悪いようにはしないわ。アタシ達はね」
「堂々と人攫いしようとしないでくださいよ!お断りです、お断り!誘拐、ダメ、ゼッタイ!」
「あらあら、変わった子。人間である事だけが惜しまれるわぁ」

 ――そうか、フリオが混血である事はロイの今までの会話から読み取れたが、恐らくはこのルーニーもまた混血だ。だからどうだというか、それだけなのだが。
 ふふっ、と含んだように嗤ったルーニーが一歩踏み出す。ダリルはと言うと、あまり気が乗らないらしく小さく悲鳴を上げて後退った。人狼の時の威勢はどうしたと言うのだろうか。
 しかし、次の瞬間ルーニーがお辞儀するように身を屈めた。
 その屈めた頭上に黒い何かが通り過ぎる。それが足である事は、通り過ぎたそれが下ろされ、フェイロンの顔が見えた後だった。
 ルーニーが珠希達から遠く離れた場所にまで退避する。

「うむ、珠希の方が狙いであったか!主等には訊かねばならぬ事が出来た、手を出すとしよう」

 フェイロンが体勢を立て直すと同時、右手を突き出す。その手に掌サイズの円が現れたかと思えば、バスケットボールくらいの大きさの火炎球が出現。そのままルーニーに直進する。

「お貴族様とか言われているくせに、随分と喧嘩っ早いのねぇ……」

 当たれば火達磨は必至、そんな攻撃をしかし、ルーニーは虫でも払うような動作で払った。風船が割れるような音と共に火の玉は四散する。
 ははは、とフェイロンが何故か可笑しそうに嗤った。

「何だか不気味な人ね。有角族というのは、こういうのばかりなのかしら?うちの子も、ちょっと頭の方がアレだし」
「うん?いるのか、我々の同胞が。まあ、部族は3つもある。必ずしも同族とは限らぬか」
「……そうだと良いわね、アタシにはよく分からない話だけれど」

 うう、恐かった、という声が真横から聞こえてきたのでギョッとしてそちらを向くとダリルが隣に並んでいた。いやいや働けよと思ったが、護って貰っている以上、それを口にする事は憚られる。仕方無いので雇い主であるイーヴァに目配せを試みたが、今まで一度だって見た事の無い微妙な表情をしていて、珠希のサインには気付かなかった。