第1話

03.


 ***

 カモミール村、と言うのは思っていた以上に人口過疎地域だった。人とはほぼすれ違わないし、村へ入った時こそ声を掛けられたが、それ以外では『旅人』という名目になっているこちらの事など気にもかけない。長閑な雰囲気が大変素晴らしい。
 そんなカモミール村に一つしかない宿の1階ロビーにて、珠希達は顔を付き合わせてこれからについて論じていた。
 さて、と何故か仕切り始めたのはコスプレ角男――もとい、フェイロンだ。彼曰く、『有角族』なる種族らしいが、そういう設定なのだろうか。凝ってるとしか言いようが無い。

「さっき言った、『地球』というのはどんな特徴がある世界なのかな?」
「特徴?や、別に普通だと思うけど」
「お前の普通と俺達の普通ってイコールじゃないと思うぞ!」

 元気一杯、コスプレ度の低いロイ少年は注文したサラダを食べている。なお、昼食は30分程前に摂ったばかりだ。胃袋どうなってんだよ。

「えーっと、何から訊けば差別化出来るかなぁ。普通だと思っている事が、余所では普通じゃないっていうのは結構あるから感覚的には分かるんだけどな」

 見た目、最年長であり、しかし自信のなさを常に漂わせている色々アウトなおじさん――いや、お兄さんと言った方が良いのか微妙な彼はダリル。
 女子の会話のように中身が無い助言ばかりしてくるが、それを聞いている珠希そのものが女子なので「ですよねぇ」、と同調する。

「ううむ、困ったな。迷子というか、ただの間抜けなのではないか、珠希よ」
「ナチュラルに貶してくるの止めてくれる?ただでさえ傷心中なのに」
「昼にあれだけ食べておいてよく言うわ。あー……そうだ、何社会だ?」
「な、何社会?……あ!少子高齢化社会だって、先生が言ってた!」

 フェイロンが頭を抱えて深い溜息を吐いた。そんな彼に代わり、アイスティーを飲んでいたイーヴァが極限まで噛み砕いて質問の意味を教えてくれる。

「アーティアは人間社会。他の世界から移住者が一杯来ているから、今はそうでもないけれど、珠希の所はどう?人間しかいないとか、むしろ人間より他種族の方が多いとか。それだけでも限定出来ると思う」

 ――待って待って待って。人間以外の種族ってそもそも何なんだ。
 いや確かに猫や犬、その他動物はたくさんいるし、人間も突き詰めて考えれば元は猿だし、そういう意味では異種族混合?でも動物の事を種族とか言うか?いや絶対に言わないだろ。
 困っているのを見かねたのか、ダリルがやんわりと口を挟んだ。

「ほら、珠希ちゃんの所にはフェイロンみたいな奴、いないかって事だよ」
「え?ハロウィンあたりには結構出没しますよ。そんなガッツリ加工を施した立派な角着けてる人はいませんでしたけど」
「えっ!?角って着け外し出来るのかい?」
「え?使わない時は外すでしょう。ずっと着けてるなんてとんだお祭り野郎ですよ」
「外せぬよ、これは。生えているものだからな」

 半眼のフェイロンがポツリと溢した。呆れている、という空気がひしひしと伝わってくる。
 ――いや待て、『生えて』いる?
 状況を呑み込めずにいる珠希に対し、フェイロンはゆっくりと数時間前にした説明をもう一度始めた。深い諦めの念が漂っている。

「良いか、人の子。俺はアグリアよりアーティア視察もとい長期休暇バカンスに来た有角族という種族だ。人間では無いのだよ」
「えっ、そんな感じの設定だと思ってた……ガチ!?」
「ガチ。というか、設定とは何だ設定とは。正真正銘、本物の角だぞ。イーヴァには以前、草食動物に生えている角のような感触だと言われたから間違い無い。信じられないのなら引っ張ってみても良いぞ?」
「それは面倒なんで良いです」
「そ、そうか……」

 もうそろそろ夢オチに持って行くのも限界があるし、ここが地球上のどこかだという可能性も薄れて来た。
 まさかとは思うし、パーセント的には多分、天文学的数値だけど――え、まさか異世界とか何とかに飛ばされた?いやそんな馬鹿な。あまりにもゲーム脳過ぎるぞそれ。異世界転移とか、洋服ダンス通った先のアレ以外認めない、断固として。
 あのさ、とサラダを完食――否、間食したロイがようやく会話に加わる。ゴーイングマイウェイ過ぎだろ。

「フェイロンはどうやってアーティアに来たんだ?来る方法があるのなら帰る方法だってあるんだから、それ試してみればいんじゃね?」
「それもそうだが、俺の場合は種族間の機密なので教えられんぞ。あと、アーティアは住みやすいのでな。片道切符で来ている者もそれなりにはいる。そも、珠希がどこから来たのか分からぬのでは手の打ちようも無いと言うもの」
「いやだからさ、珠希は説明が出来ないだけで、自分がどこにいたのかは分かってんだろ?ならさ、召喚術の応用とかで帰れそうな気がするんだよな。今時、世界渡り歩くのなんて珍しくもないし」

 ロイ少年の意外にも鋭い指摘で会話がストップする。
 確かに、と同意を示したのはイーヴァだった。何か『召喚術』とかいうファンタジー用語が聞こえた気もするけど、ツッコんだら負けだ。

「でも、私達の中には召喚術に詳しい人がいない。フェイロンは……」
「使わぬので学んでおらんな。召喚術なぞに頼るより、自分で戦った方が早い」
「なら、次の行き先は近場の神殿がいい。Aランク以上の召喚師が一人はいるだろうし、彼等なら何か『地球』世界の事も知っているかも。珠希も、それでいい?まさか召喚師に追われているなんて事は無いよね?」

 すっ、と珠希は無表情のまま片手を挙げた。
 唐突な行動にメンバーの視線が集まる中、悟ったような表情の女子高生は厳かに言った。

「――召喚術って何?」