第11話

06.


 珠希の立っている場所――と言うよりバイロンの編む術式をチラチラを確認しているリンレイはしかし、フェイロンとコルネリアの相手で手一杯のようだった。彼女は魔法を使うのだと勝手に思い込んでいたが、手を伸ばす距離に入ると容赦無く足技なり拳なり繰り出して来る。
 どうやら賢者と言われつつも、フェイロンのように両刀遣いであるのかもしれない。

「バイロンさん、まだですか」
「少し待っていろ」

 聞いておいてあれだが、バイロンが喋る度にビリビリと結界が振動して心臓に悪い。先程のリンレイの攻撃もそうだが、攻撃を受け続ければこのドーム状の何かは崩壊してしまうのではないだろうか。

「――珠希」
「アッハイ!」

 美しい円形の術式を従えたバイロンはここでようやっと珠希の使い方を思い付いたのだろう。ぽつりとお願いのような、補助を頼むような言葉を漏らす。

「リンレイの動きを止めろ」
「私がですか?」
「注意を引くだけでいい。足首を押さえつけるなり、身体を押すなり、とにかく方法は任せる。ああも素早く動かれては、広範囲魔法では無いこの魔法は当たらない」
「了解です……!!」

 ようやくお仕事の時間だ。
 道徳観念の生きている現代日本で生活していたので、思い切りリンレイを殴れと言われれば躊躇ったかもしれない。しかし、目的は足止め。躊躇う道理など無いはずだ。

 自らに言い聞かせるように、または思い込むようにそう脳内で念じ右手の平をリンレイへと向ける。狙いは衣服の裾からチラチラと覗いている細く白い足だ。
 細い足首を地面ごと縫い止めるかのように力を使用する――

「うわっ!?」
「どうした」
「い、いや、何だか想像していたより……重い……!?」

 重い、と言うのは語弊がある。正確には『力が強すぎる』だ。しかし、フェイロンも力はかなり強いし視力も何だか良いようだし、彼等有角族と言うのは人間に比べて身体能力が高いのだろう。
 低く唸りながら、珠希は更にリンレイを押さえつけ、動きを止めようと躍起になる。舵が上手く利かないような、そんなストレスさえ覚える程だ。

 とはいえ、やっている事そのものは無意味では無いようだ。動きが鈍ったリンレイに、フェイロン達がこぞって襲いかかっているのが見える。一応、何らかの役には立っているようだとやや安堵した。

「撃てないな。この位置からでは他の連中を巻き込む……」
「バイロンさん、さっきから何がしたいんですか」

 あまりにも腰が重いアイリス心棒者に対して思わず棘のある言葉を吐いてしまった。しかし、バイロンその人は肩を竦めて首を横に振るだけだ。
 声は高く、しかし獣のような一瞬の悲鳴で我に返る。

「わあっ、コルネリア!?」

 一瞬目を離した隙に、肩口を押さえたコルネリアがその場に蹲っていた。何があったのか全く見えなかったが、2人で連携攻撃を行っていたフェイロンが途端劣勢になる。というか――

「何だか痛そうにしてるけど、あれって人間の着ぐるみ? とかいうのじゃ無かったっけ……」
「リンレイも馬鹿ではない。貫通する魔法なり手段を持っていたという事だ」
「そ、そうなんですか! あっ、いやでも、このままじゃマズくないですか!?」

 1人で立ち回るフェイロンはいつもの余裕顔からは想像も出来ない程、険しい顔をしている。状況が厳しい事を如実に物語っているのが伺えた。
 どうにかリンレイを止めようと、更に力を込める。
 眉根を寄せたコルネリアが、ゆっくりと立ち上がった。彼女の赤い装飾が施された爪と爪の隙間から淡い緑色の光が漏れているのが見える。治癒魔法、というやつだろう。

「おい、戻って珠希の面倒を見ろ」

 バイロンが出来るだけ声を張り上げないように細心の注意を払いながらそう言った。こちらを見た赤い魔族は彼の持っている術式で全てを察したのか、躊躇いなく戦闘から離脱。久方ぶりに珠希の隣へと並んだ。

「やべ、ちょっとこれ放っておけないから治してから再戦するわ。で? お前の持ってるそれは何? 飾りかよ、どうにかして使って来いよ」
「早々に負傷した奴が何を言っているんだ」

 ――ド正論なんだよなあ……。
 今回はバイロンの言い分に軍配が上がりそうだ。舌打ちしたコルネリアは淡々と肩の傷を癒やす事に集中している。

「バイロンさんはどうするんですか?」
「持っていても仕方が無い。フェイロンを1人で対峙させる訳にも行かないので、参加してくる」
「えっ、バイロンさん本人が?」
「当然だ」

 選手交代。続いてバイロンが投入される――という事にはならなかった。
 流石に魔族と有角族のセットをあっさりといなしていただけあって、コルネリアが抜けてタイマンを張っていたフェイロンはそう長々と持ち堪える事など当然できなかった。
 バイロンが駆け付ける前に、リンレイの放った魔法を回避。その体勢を立て直す一瞬の間に、賢者その人が突進して来たのだ。