05.
そして、バイロンも大概しつこい人だった。
何とかリンレイの魔法圏内に入らないよう誘導しようと試みているのが手に取るように分かる。分かりやすくは決して無いのだが、事情を知った上で問答を顧みると火を見るよりも明らか。
『それでは、ここからお前の超能力? とか言うのを撃てば良い』
「いやいやいや! 見てくださいってバイロンさん! あんな広範囲攻撃なんですよ? 巻き込まれない位置に立つのは無理――」
「おい馬鹿どこ見てんだ珠希!!」
切り裂くような鋭いコルネリアの声ではっと我に返る。しかし、それでは遅かったのだと瞬時に理解した。
地を舐めるように這う炎。
それが目前にまで迫って来ていた。間抜けな事に、如何に珠希を引き留めるか問答していたバイロンもここまで狙い撃ちされるまで気付かなかったらしい。
瞬時に面を外し、凶器となる声を張り上げる。どちらも炎も声も、感触の無い攻撃である事に違いは無かったが、そうであるが故に相殺とは行かなかった。コルネリアの憤慨した声が聞こえたので、軌道はあっさり外れたのだと思われる。
――あっ、これ人間炙りになる!
アホな思考が瞬間的に脳内を駆け巡る。そういう役に立たない事は考える余裕があるのに、咄嗟の事で身体が動かない。よしんば動いたとしても、どう動くべきなのかが分からない。
蹲って固く目を閉じる。バイロンが目の前に立ち塞がったのが見えた。
「便利なものだな」
あまりにも喋らないので聞くのが珍しいバイロンの声で我に返る。目がチカチカするような猛火の中、自分と彼は何事も無く佇んでいた。それが結界の恩恵である事は流石に理解する。
自分の力とはいえ、あまりにも未知数に成長してしまったそれを見ているとリンレイの危惧も尤もであるような気さえしてしまう程だ。
目を細めてそれを見ていると、次の瞬間、ピシリと何かに亀裂が入るような危うさを感じさせるに足る音が鼓膜を打った。ただし、それがどうなるのかを見届ける前に豪華は消え、目を細めて憎々しげな顔をしているリンレイの容貌が視界に入る。
あのまま攻撃を受け続けていたのならば――或いは、その内これが破壊され、火炙りにされていたのだろうか。
「ハッ! 伊達に賢者だの何だの言われてる訳じゃないな」
こちらが無事なのを確認したコルネリアが吐き捨てるようにそう言った。パーティメンバーに魔法が得意な者がランドルくらいしか居なかったので分からないが、リンレイが使うそれは今までに見たことが無い規模のものだ。
近いものと言えば、王都で対峙したドラゴンとかいう架空の生き物代表選手権で優勝しそうなそれだけだ。しかも、そのドラゴンが吐き出したブレスよりも体感的には高威力であるように感じる。
「珠希、主は何もせぬのなら、イーヴァと共に離れていろ。他の誰でも無い、主が狙われている」
「いっ、いや! お手伝いしに来たんだけど、フェイロン!」
戻れ、とは言われなかった。それだけ余裕が無い事がありありと分かってしまって、焦燥だけが掻き立てられる。もし、ここで、前衛に居る2人が負けてしまえば次は自分の番だ。
いや、まだバイロンも居るが。
珠希、と涼やかな声を発したのはリンレイだ。酷く優しい、気を抜けば返事をしてしまいそうな声音。
「そなたが妾の元へ下るのであれば、他の者の無礼は忘れようぞ。ほら」
覚えるのは恐怖。
圧倒的な強者からの、甘やかなお誘い。ただしそれは、残酷な意味合いだけを含んでいる。凍り付いた背筋、それらを無視してただ珠希は首を横に振った。
微笑んだ捕食者は「そうか」、とだけ言ってやはり甘やかに嗤う。そうであるのなら、実力行使を続けるまでだと言外にそう言っているのだけは確かだ。
「バイロンさん、私……観戦している場合じゃないみたいですけど!」
『そのようだな。しかし、どう攻めたものか。お前の力の制御には不安要素が多い』
「否定はしませんけど、今はどうにかしないと……! フェイロンとコルネリアが」
『奴等はまだ保つ。時間を稼いで、他の連中を相手している奴等に加勢して貰った方が建設的だろう』
「そんな悠長な事言ってる場合じゃ無いですって! 私達も何かしましょう」
『私が術式を編む。その間の護衛は任せた。後ろに立っているだけでいい、お前の結界なら』
本当だろうな、と思っていると珠希の前にずいと出たバイロンは宣言通りに金色の術式を編み始めた。そういえば、彼も混血との事だったが『何』との混血なのだろう。角の感じはフェイロンのような有角族に似ている。
似ているが、角の形そのものはどことなく違う。リンレイやフェイロンが竜だとか、架空の生物の角を模しているとしたらバイロンのそれは、羊に似た渦巻き角である。これらの違いに何か意味があるのだろうか。
バイロンの作業を眺めながらぼんやりとそう思ったが、当然浅すぎる知識でその答えを導き出せるような事は無かった。