第11話

01.


「この橋、何だか最初の時より短く感じるよ」

 ランドルを加え、3日掛けてギレットの大地へと舞い戻って来た。目の前には例の大きな橋が架かっている。残念な事に、珠希の視力では橋のゴール地点は見えないが。

「特にここまで何もせず来てしまったけれど、心の準備は良い? 珠希。泣いても笑っても、リンレイ様の心変わりが無いようなら争いは避けて通れないと思う」
「あの人が私達のお願いを聞き入れてくれるとは思えないから、まあ、血で血を洗う争いにはなるよねって……」

 あの確固たる意思、絶対に譲らないという気概。
 どれを取ってもリンレイがホイホイとこちらの意見を呑むとは思えない。しかも、自分自身の命が懸かっているので妥協という案は無い。1か0か、どちらか一つだ。

 ――話し合いなんて、無駄だろうな。
 イーヴァはともかく、フェイロンには申し訳ない気持ちしかない。何せ、彼にとってリンレイとは切っても切り離せない上司と部下という関係性だ。

 ここで、利害が一致しているので同行しているだけ枠のバイロンが静かに手を挙げた。彼は性質上、筆談でなければ人を物理的に怪我させてしまうので用件がある時は注目を集める必要がある。
 彼の急な光景に、バラバラの方向、話題を展開していた仲間達の視線が集まる。

『一つ良いだろうか』
「おう、どうした? 改まって」

 ロイがあっけらかんと訊ねる。彼には緊張感がなさ過ぎるが、今回は事が事なので誰も突っ込まない。

『結局の所、リンレイが珠希を始末する事を譲らなかった時は――我々がリンレイを殺害して構わないという事だな?』

 ひやり、と気温が僅かに下がった気がする。
 それは確かに取り決めておかなければならないのだろうが、同じ有角族を前に随分と不謹慎な話題である。
 案の定、小さく声を上げたダリルがフェイロンの顔色を伺う。一方で、有角族の彼はと言うと至極冷静な表情だった。唐突に出現した不謹慎な問いに対して苦言を漏らす事も無い。

「――うむ、質問に質問を返すようで悪いが、それは話し合いが成立しなかった場合の話であるな? まさか暗殺をしようという話ではなく」
『暗殺、或いは奇襲を掛けたいのは事実だ。何せ、こちらの珠希は命を狙われている事が確定した。だが、有角族の縦社会を尊重して構わないという気持ちは持ち合わせている』
「気遣い痛み入るよ。そうさな、要求が通らなければ主の言う通りにせざるを得まいよ」

 ちょっと、とここでイーヴァストップが入った。

「バイロンの言う通り事を運んで貰えるのであれば、その方がきっと良い。けれど、あなたは本当に彼女を手に掛ける事が出来るの? というか、それで本当に良いの?」

 彼がこちら側を選んだ時、確かに頼もしいとは感じた。それは事実だ。しかし、深く考えてみれば知り合い同士を殺し合いさせるという結果を生み出してしまっている。
 それはリンレイとは話せば分かるので問題ないと考えているのか。
 或いは、本当に長い付き合いの上司を手に掛けるつもりでいるのか。

 おろおろと見守る。
 何故か一瞬、フェイロンと目が合った。

「人の感情とはままならぬものよな。俺とあの方に関してはそういった関係性では無いよ。上司と部下――裏を返せば、それ以上でもそれ以下でもない関係性であるという事。であれば、俺は友を優先するとしよう。仕事ではなく、感情に従って」
「いやあの、落ち着こう! わ、私は別に、フェイロンにそんな事をさせたかった訳じゃ――」

 言いかけた言葉は、他でもないフェイロンの鋭い視線によって遮られる。それを見ていたら、自分が一体何を言いたかったのかあっさりと頭から抜け落ちてしまった。

「主のお花畑思考は構わぬ。それはそれで良い。だが、リンレイ様の考え方を変えられぬようであれば殺されるのは主の方である事は忘れるな。珠希よ、主がここで死ねば俺のやった事は全て無駄になる」

 全く実感が湧かなかったが、そういえば命を狙われている可能性すらあったのを失念していた。今まで女子高生をやってきて、命を狙われるなどという特殊すぎる状況下に居た事など当然無いので仕方ない。
 悶々と思考を巡らせていると、不意にダリルが呟く。

「というか、リンレイ様とやらを倒したとして……俺達はこの先、有角族に付け狙われる事になるのか?」
「さてな。それはリンレイ様に訊かねば分からぬが、俺の方は無事とはいくまいよ」
「そりゃフェイロンはな、有角族だし」

 ここで意外にも黙っていたランドルがフォローめいた情報を口にする。

「それは無いでしょうね。リンレイ様は自身のお力でこの計画を進めていた。彼女に危害を加えたからと言って、有角族という単位で仇討ちを仕掛けてくるとは思えません。それよりも、コルネリアさんが所属している反カルマ派の動きの方が気掛かりですが」
「あん? ここであたしに振って来るのかよ。いや別に、こっちは現状維持派であって反抗勢力じゃないから気にしなくて良いよ。動きがなけりゃそれで良いんだって。例えカルマが、誰かの体内に居ようがな」

 ――パーティメンバーの中に色んな勢力混在し過ぎだろ……。
 処理能力を超えている現状に、珠希はそっと胃を押さえた。結局のところ、安全なのはイーヴァとロイくらいなのだ。