第10話

14.


 ランドルがぎょっとしたのも束の間。彼の背後に控えていた、他の召喚師4人が焦ったように声を張り上げる。

「ランドル様、こちらの準備が整いました!!」

 いつでも放てます、とそう言った召喚師達は4人で生成したかなり大口の術式を展開している。一体何が出て来るのか見当も付かないが放置している訳にもいかないのだけは事実だ。
 さしものコルネリアもまた、眉間に深い皺を寄せている。ランドルにばかり気を取られていたが、召喚させてしまえば背後のコモンズも十分な脅威だ。

 ――これは私がどうにかするべき……!?
 幸いな事に珠希はランドルからカードを強奪する、という偉業を成し遂げている。上手い具合に調子に乗っていて、何でも出来るような全能感。達成感を元に増長する、人間の悪い癖。
 が、必ずしもそれが悪い方向へ転ぶとは限らないのだろう。

 大人がお手々つないで通れそうに巨大化したゲートに、片手を向ける。少し前、ランドルの結界を破壊した時のように、術式へと攻撃した。これが対人戦であればかなり迷って、結局は怯える事しか出来なかっただろうが、幸運にも相手はただの無機物。最早、遠慮もクソも無かった。

 ガラス数十枚をまとめて叩き割ったような、音と音と音。
 上がる悲鳴、コルネリアのぎょっとしたような声。

 それら全てが収まった時には、金色の欠片をまき散らしながら消える術式の残滓のみが残っていた。

「お、おおー。ンだよ珠希、やれば出来るじゃん。最初からやれよ、ホント」
「これがノリと勢いの力……!!」

 何か物言いたげに目を眇めた自称相棒だったが、結局それが言の葉になる事は無かった。代わり、不敵且つ憎たらしいような笑みを浮かべた彼女はランドルへと管を巻く。噂のウザ絡みというやつだ。

「あれれれ〜、ランドルちゃあん。どうすんのかなぁ、これ。実質詰んでるんじゃね? 大人しく降参するなら話だけは聞いてやっても良いんだけどなああああ!」
「声が耳障りなので止めて頂けませんか?」
「ええ? 誰に口利いてんだよ、クソ雑魚」

 ――アッ、これもうただの弱い物イジメだ!!
 死体蹴りは流石に見るに堪えなかったので、慌ててコルネリアを諫める。曲がりなりにも一緒に旅をした仲間だと言うのに容赦がなさ過ぎるのではないだろうか。

「落ち着こう、コルネリア。ランドルさんにも仕事ってやつがあるんだから!」
「その、急に現実的且つ人道的な事言って来るのは何なわけ? 別に死体蹴りは止めても良いけど、負けましたって認めて戦闘を終わらせろよ。いや、全滅するまで抵抗する気なら、それはそれでこっちも愉しむけどさ」

 視線だけ動かして、背後の状況を見るコルネリア。そんな器用な事など出来なかった珠希は、身体ごと後ろを見た。
 見たが――特にどちらが優勢なのかは判断出来ず。戦闘ド素人であったのを思い出した。

 はぁ、と憂鬱そうな溜息を吐き出したランドルは緩く、しかし命令慣れした声音で停戦の意思を吐き出した。

「投降します。……これで満足ですか?」
「ああ。そうさ! 最初からその言葉が聞きたかったんだよ、ランドルちゃん」
「それ止めて貰って良いですか。これだから魔族は」
「強がりも可愛いけど、あんまりやり過ぎると鬱陶しいぞ」

 ――煽るなあ……。
 最悪の煽り方をするコルネリアには戦慄すら覚える。何より、相手が嫌がる事を率先してやっている時の目の輝き。彼女はお世辞にも良い性格とは言えない。

「えーっと、それでランドルさんはこれで良かったんですか?」
「いや、全然良くはありませんよ。でもまあ、やる気が無かったのは事実です。本気でこのメンバーを襲撃するつもりであれば、もっと周到に用意していたでしょうね」
「ええ……。大丈夫ですか? 私達のせいで、リンレイ様から打ち首にされたりしません?」

 問いに対し、ランドルはなんとも言えない微妙な顔をした。

「さあ、どうでしょうね」
「なんであの時、私に逃げる為の術式を渡したんですか?」

 ずっと聞きたかった事をさらっと聞いてみた。ランドルが自嘲めいた笑みをその顔に浮かべる。

「どうして渡したんでしょうね。僕が一番聞きたいですよ、そんな事。ただ、カルマをその身に飼っているとはいえ、君は他の誰よりもただの人間だった。それだけの事なのでしょうね、恐らく」
「そりゃ、平和な現代日本に生きてきましたから。誰よりも道徳の授業は受けてると思いますけど」
「道徳。道徳ですか、アーティアでは縁の無い響きですよ。実際」

 停戦、というかランドルが投降したので他の面子も速やかに戦闘を終息させたようだ。わらわらと集まって来ている。ここであっさり戦闘行為を投げ出すあたり、特に誰も本気で殺し合いをするつもりなど無かったのだろう。
 戦闘が終了した事を理解したイーヴァがどこからともなく姿を現す。彼女はどうやら、早々に巻き込まれない場所へ撤退していたようだ。出来れば連れて行って欲しかった。

「ランドル、あなたはこれからどうするの?」
「直談判しに行きましょうか、リンレイ様のところへ。勿論、貴方達と一緒に」
「そう……。ランドルはこう言っているけれど、どうする? 珠希」

 ――ここで私かーい!
 予想の範疇だったので、特に深く考える事無く珠希はオッケーとその話を承った。

「ランドルさんが打ち首になる前にどうにかなると良いですよね!」
「君はもっと事態の重さについて考えた方が良いと思いますよ」

 この後、ランドルが集めた第7師団は王都へ返し、再びギレットへの道のりを歩き始めた。