第10話

13.


「召喚師……存外、連携が上手く行かないものですね」
「主等の不手際か、単純に後衛の不手際か。実に興味深いものだな。バランスの取れている面々のはずだが」
「ええ、おっしゃるとおりですよ」

 受け答えをしながらも、ハーゲンの視線は時折背後――ランドル達の方を見ている。召喚術の完成を待っているのは明白だ。

「コルネリア、行くなら早く行こう。召喚術ってあんまり良い思い出無いし」

 微かに頷いたコルネリアがハーゲンの頭上を跳び、ランドルの元へと駆け出す。その背を追おうとしたハーゲンの動きは当然の如くフェイロンが止めた。面倒臭いな、と今にもそう言い出しそうな調子で騎士が目を眇める。
 しかし、ハーゲンとフェイロンの観察はそう長くは続かなかった。
 召喚士の群れから1人だけ抜け出したランドルが立ち塞がったからだ。

「貴方が直々に僕の前へ立ち塞がるとは思いませんでした」
「いや、私の意思というかコルネリアの我が儘なんですけど……」
「それでも、少し前までの貴方ではあり得ない行動ですね」
「ご尤もです……」

 自嘲めいた笑みを浮かべたランドルは素早く召喚に使うカードを構えた。それを尻目に、コルネリアが見目麗しい女性の姿に戻る。

「あれ、なんで戻ったの?」
「1対1なら人型の方が効率が良いって事に気付いた」
「気付くの遅くない?」

 瞬間、ランドルが構えたカードから術式が展開。金色の幾何学模様がゲートへと早変わりし、真っ黒なゲートの向こう側から点粒ほどの白く輝く何かが飛び出してきた。うわ、とコルネリアがあからさまに顔をしかめる。

「雪虫かよ、相手すんの面倒なんだよな」
「え、何って?」
「雪虫。フリードリアの生き物で、雪の精霊だとか言う奴も居るな。小範囲に雪を降らせる」
「幻想的だなあ。って、あ!? ゆ、雪だ!」

 程なくして頬に小さな冷たさを覚え、思わず声を上げた。頭上を見上げると青空からボタ雪が止め処なく降って来ているのが見える。一種異様な光景だが、のんびりしていられるのは一瞬だった。

「いや、ちょ、降りすぎ!」

 結界がオートで起動。雪は身体に当たらないが、本当に止まる事無く延々と空から雪が落ちて来ている。一瞬で周囲の景色が白く染まり始めた。範囲は確かに広くない。広く無いが、心なしか少し寒くなった気もする。
 コルネリアに不安を伝えるべく口を開き掛けて絶句した。
 彼女の吐き出す息は白く凍り付いている。正直、そこまで体感的に寒くない気がしたのだが――

「おう、珠希。お前の周り暖かいな。入れろよ」
「何に!?」
「結界。いやー、便利だな。お前もうずっとカルマ抱っこして生きていけばいいんじゃね?」

 ケタケタと楽しげに彼女は笑っているが、冗談では無い。そんな事、バイロンに知られれば怒りが怒髪天である。

 それにしても、と急に声を潜めたコルネリアが呟く。

「ランドルの奴、まだ何か喚び出す気だな。潰してやりたいが、あー、ちょっと動きが取れないな。珠希、あたしが雪虫ごとこの周辺を焼き払うからさ、ランドルの持ってる術式を取り上げろ」
「えっ!? 手で?」
「いやいや、何の為の超能力だってんだよ。それでカードだけ摘まんで抜き取ればいい。出来るだろ、それくらい」

 出来る、と断言は出来ない。が、その程度なら力を使ってもいい気がする。ランドルに直接攻撃をするのは良心が咎めるが、カードを抜き取るくらいなら。

「わかった、やってみる……!」
「頼むぜ。じゃ、ちょっと下がってろ」

 既に、雪は結界の形が分かる程に積もり始めていた。珠希の足首くらいならばすっぽりと雪に埋まってしまう事だろう。他の面々はどうしているのだろうか。上手く逃げているか、関係なしに戦闘を続行していそうだ。

「よし、準備できた。ちょっと、離れてろよ。丸焼きにはなりたくないだろ」
「アッハイ」

 慌ててコルネリアから離れる。結界の恩恵を受けられなくなった赤い彼女の髪に、肩に、衣服に。一瞬で雪が付着し、そして降り積もっていく。
 その光景をぼんやり見ていた珠希は次の瞬間、目を剥いた。
 コルネリアの両手から凄まじい勢いで枝分かれ、展開した術式から火炎放射器よろしく、圧倒的な熱量の炎が吐き出される。先程まで少しばかり肌寒いと思っていた空気が、夏の焼けるような空気へと転換した。

 水蒸気で前が見えない。そんなレベルで雪を溶かし、蒸発させた炎が消える。あまりの熱量と光量に、今でもまだ目がチカチカしているようで具合が悪い。

「珠希!」
「あ、はいっ!」

 呼ばれて自分の役目を悟る。
 目の前に居たランドルは顔をしかめて、頭を両手でガードしていた。しかも、結界か何かを使用していたのだろうか。ヒビの入ったそれは、珠希が念動力で少し突いただけで粉々に砕け散った。
 ランドルの顔がしかめられる。
 しかし、それを知覚する暇も無いまま、珠希は彼の指と指の間に挟まっていた術式のカードを抜き取った。
 その辺に捨てれば拾われると思ったので、そのまま力で引き寄せ、回収する。

「よーしよし、よくやったぞ珠希。それじゃ、あとはきゅっとランドルを絞めれば勝ちだな」

 コルネリアが残忍な獣のような笑みを浮かべた。