第11話

02.


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 軽口を叩いていられたのは、橋を越えるまでの数十分だった。橋の終わりが見えるにつれ、ぽつりとバイロンが文字通り呟く。
 曰く、「誰か橋の終わりに立っている」――と。

「十中八九、リンレイ様ね」

 いやに落ち着いた声音でイーヴァがそう言った。異論は無いどころか、それ以外の可能性が模索出来ない。間違いなく、絶対的に、確定的にリンレイでしかないはずだ。
 確認しておくけれど、とダリルがイーヴァとリンレイが直線に並ぶのを避けるように陣取りつつ訊ねる。

「話し合いが不成立だった時はこっちから攻撃して良いって事だな? 途中でやっぱ止めろ、ってのは無しだぞ。俺は急には止まれない」
「ダリルさん車みたいですね……」
「えっ!? 珠希ちゃんが轢かれたって噂の? 気を悪くしたなら謝るよ……」

 嫌な方向へ誤解を生んでしまったので慌てて訂正する。ちょっとしたブラックジョークと言えば、ダリルは酷く困惑した顔をしはしたものの、それ以上何か言う事は無かった。あれは間違いなくドン引きされた顔だ。
 ともあれ、ダリルの最初の問いに迷う事無くフェイロンは応じた。そこに躊躇いなどは一切無く、悪い方向へ振り切っているのが窺える。

「構わぬ。やらねば、やられるのは我々だ。話し合いが成立しなければやむを得まいよ」
「や、俺はまあ、どっちでも良いからいいんだけどさ」
「そうよな。ダリル殿の躊躇いの無さは俺も見習わねばならぬ」

 橋の終わりに立った人影は、最早珠希の視力でも捉えられる程鮮明になっている。あの悠々とした立ち姿と煌びやかな衣服のシルエットは間違いなく彼女だろう。

「フリオも呼べば良かったなー。あいつ、利用されてた訳だし呼んだら来てくれそうな空気だったのに」
「それは今更言っても後の祭りだね。それに、フリオは私達と直接関係がある訳じゃ無い。巻き込むのは申し訳ないよ」

 フリオがこのメンバーの中に混ざっているのを想像して鳥肌が立った。あの御仁が、和気藹々と会話に参加してくれる姿がどうしても似合わなかったのだ。

「何でも良いけど、もうお喋りの時間は終わりだろ。おら、お山のボス猿がお出ましだぞ」
「そういった言い方は良くないかと思いますが」
「お前誰の味方なんだよ、ランドル!」
「貴方の言い方に品が無いと言っているのです」

 相変わらず相性が最悪のコルネリアとランドルを尻目に、珠希はその足を止めた。対峙するその人が凜としていて不敵な笑みを浮かべる。凶暴な美貌、彼女の表情はそう言うに相応しい苛烈さを持っていた。

 赤い髪を揺らしながら高貴な有角族、千年を生きた先人は嗤う。

「待っておったぞ。そなた等が来るのは――1日前から分かっていた」

 ――軽度な未来予知能力。
 それを遺憾なく発揮させた彼女が何らかの対策を打っているのは想像に難くない。警戒する。
 そんな珠希の警戒を余所に、余裕すら漂わせているリンレイは形の良い唇から、一先ずは言葉を交わす事を選択したようだ。

「さて、そなた等の要求を聞くとしよう。妾も暇では無い。争いは避けて通るべき、そうであろう?」

 いつだか聞いたような上辺だけの言葉。多少は妥協するが、本来の目的については欠片も譲歩しないと如実に語っている。
 一番に口を開いたのは、リンレイと最も長い時間を共有しているフェイロンだった。ここで物怖じしないあたり、やはり彼女との付き合いはそこそこ長いのだろう。

「端的に言いましょう。珠希の事は追わないで頂きたい」
「それは譲歩するしない以前の問題であるな。その一点においては、いかなる妥協をもし得ぬ」
「……そうですか」

 会話が途切れた一瞬の間にコルネリアが言葉を差し込む。種族がそもそも違うからか、彼女はリンレイに対して畏まる事も無ければ、友好的に接しようという腹積もりも無い。あるのは自然体だけだ。

「取り敢えず譲れない部分は今は置いておこうか。話が進まない。お前とは色々話したが、多分これで最後になる。何がしたかったのかを聞いておこうか」
「うむ、そなたはあれだな。《カルマ維持派》の人員であったな。よいよい、妾は寛大故、聞いた事には答えようぞ。それで? 具体的には何を聞きたい?」

 ああ、と何故かここで赤色の魔族は首を横に振る。

「聞きたいっていうか、確認したい、ってのが正しいな。お前がした話の断片を繋ぎ合わせたい。こちらも報告義務がある」
「見た所、頭が冴えるようには見えぬが……」
「喧嘩売ってんのか。それで詰まるところ、珠希を召喚したのはお前で合ってるんだな?」
「ああ、妾が喚んだ」
「じゃあ、混入したカルマはどうした? これは自分で調達したのか」

 リンレイは薄ら笑みを浮かべた。それは雄弁に肯定の意を示している。

「カルマを完全に殺す事は不可能だ。が、その身を分断し、捕らえる事であれば可能だとこの長い歳月を経て妾は気付いた。故に、カルマを切り取り、珠希を喚び出す時に体内に残した」
「珠希の事を捜してたみたいだが、容姿とか何とかは最初から知ってたのか?」
「いいや? 妾はギレットで珠希に会うまで顔も名前も声も、何も知らなかったさ」
「ふぅん……。ああだから、手が足りなくてアールナ達に声を掛けたのか」
「なかなかに察しが良いな」