第10話

09.


 これからの事だが、とそう言い出したのは珍しい事にイーヴァではなかった。世にも珍しいダリルの一言である。あまり積極的にものを言わない彼の言動に一同の視線が集まる。

「とにかく、ここで立ち止まっていても仕方が無いし、ランドルでも捜してみるか?」
「ええ、どうしたんですかダリルさん。それに、捜すって言っても……ギレットに居るんじゃ無いですか? つまり、リンレイ様もいますよね」
「いや、ランドルは俺達の事を捜しに来るだろ、ここまで。つまりギレットには居ないんじゃないかな」

 ――そうかもしれない。
 かつては師団を率いていただけあって、相手の行動先読みが上手い。妙なところで関心していると、ダリルの意見に今度はイーヴァが難色を示した。

「何故、ランドルをどうこうする必要があるの? わざわざ接触する事は無いと思うのだけれど。一人でノコノコ来るとも思えないし」
「いや、俺はそれで良いと思うぞ」

 一人思考に浸っていたフェイロンが思い出したようにそう呟く。とりあえずは思考を終えたらしい年長者は何故正しいと思ったのかを淡々と解説した。

「ランドルはリンレイ様の小間使いである以上、説得してもたいした意味は無い。が、リンレイ様であれば説得に応じる可能性がある。その折、奴に居られては邪魔なのは自明の理だ。足腰を先に潰しておく方が建設的であろうよ」
「ちょっとずつ戦力を削ぐつもりという事?」
「うむ。俺の解釈ではな。ダリル殿がどう思ってそのような事を言ったのかは知らぬ」
「あっ。俺の意見も概ねそれで合ってるから」

 多対一に持ち込まれる前に、主要な人物を潰しておこうという腹らしい。清々しい程に合理主義的な意見だが、命が掛かっている以上反論の余地は無い。割と小狡い方法に、珠希は前向きな判断を下した。

「ランドルさん、諦めてくれれば平和的に解決するね」
「珠希、最近ちょっと野蛮な性格になってきたな!」
「ロイくんには絶対に言われたくない。訂正して欲しい、切実に」

 それで、と続いてイーヴァはバイロンを視界に納める。

「貴方はどうするの? 一緒に来る?」
『当然だ』
「分かった」

 バイロンは着いてくる気満々だ。こちらとしても戦力が増えるに超した事は無い。特に反論の声も上がる事無くバイロンがパーティメンバーに迎えられた。

 ***

 その後、遅れて現れたテューネ達に事情を説明。そして一泊する事も無く、再び旅路についた。ついでに様子を見に来ていたフリオもあまりの慌ただしさに呆れていたのが印象深い。何をしに来たんだ、と嫌味を言われたが全くその通りだと思った。

 最近では見慣れてきた山道を歩きながらリンレイについて思いを馳せる。
 フェイロンは説得が可能かもしれない、などと寝言じみた事を言っていたが恐らくそれは無理だ。執着の仕方があの時の魔族以上に歪であると感じる。目的を達成する為ならば何でもすると平気で言ってしまいそうな人種と言えばそれが近いだろう。

 悶々と考え事をしていると、今日ばかりは群れの先頭を歩いていたダリルが「あ」と謎めいた音を漏らした。

「どうかした?」
「俺さ、《大いなる虚》からカモミールまでの距離について計算してたんだけどさ、虚から休まずにランドルが歩いて来てたらそろそろぶつかるな」

 それはどういう数式を使えば導き出せる答えなのか。意外にもエリート系な事を言い出したダリルを前に、数字について聞く気にはなれなかった。
 しかし、ロイがそれをあっさり否定する。

「え、一人でランドルが来る事って無くないか? それこそ、あの有角族のオバサンも一緒だろ。王都に寄って来た計算の方が正しいんじゃね?」
「それもそうか。といっても、24時間経過した段階で、いつどこで誰に出会してもおかしくないとは思っててくれよ」

 山道があまりにも静かで平和だったので、警戒心が薄らいでいた。が、ダリルの一言でムクムクと警戒心が再び膨らむ。これでは休む暇も無いな、と嘆息した。