10.
「そういえば、コルネリアは色々終わった後、どうするの?」
不意に掠めた疑問を呑込む必要は無いと感じた為、珠希は全く以て唐突にそう訊ねた。聞かれた魔族の彼女はと言うと、一瞬だけ目を丸くする。明らかに何も考えていない事を物語っていた。
「あー、そういえばどうするか考えてないな。別に」
「つか、お前が何も考えてなくたってさ、入ってる組織? に戻れって言われたら戻るんだろ」
ロイはそう事も無げに告げたが、そこで初めてコルネリアは眉根を寄せる。何か重大な事象を確認しているかのような気難しい顔に、不用意に質問を投げかけてしまった珠希もまた口を閉ざした。
正直な所、疑問に深い理由は無かった。ただ、話題に困ったが故に出した世間話の延長上、というだけである。
たっぷりと何事かを考えた彼女は、やはり首を横に振った。
「やっぱり特にやる事は無いな。と言ってもまあ、珠希とは1年契約してるし、それが終わるまではアーティアに居るわ。観光だ、観光」
「私が言うのも何だけど、そんなテキトーな感じで良いの?」
「あん? いいだろ、別に。戻るも何も、戻る場所もないしさあ。今回はこんな感じで事態が進行したから連中も集まったけど、いつもは好き勝手やってるよ。何も無い日まで連むとか友達かっての」
彼女の言っているそれは全く正しいのだが、何故か釈然としない気分にさせられる。仮にも組織と銘打たれているそれが、そんなに適当で良いのかと。
「――止まれ」
組織とは何か、連むとは何か。人の世が一人で生きていけないように出来ている理由を考えていると、その思考をフェイロンの低い声が中断させた。明らかに敵意を孕んだ声音に考えていたアホな思考が消し飛ぶ。
戦闘民族達が各々の得物を手に取っているのを見て、何か野蛮な事が始めると悟った珠希は数歩後退った。今回はメンバーが揃い踏みしているので、自分とイーヴァの出番は無いだろう。
姿が見えない敵、暗殺者とか忍者とか、そういった類いのものを想像していたがそれは的外れの解釈だったと言える。
何故なら一段は堂々と、真正面から、全くこの人数とメンツに臆する事無く姿を現したからだ。しかし、その見知った人物達を見ればこの登場の仕方は当然であると納得せざるを得ない。
「お待ちしておりました……!!」
総合的な人数は大体同じくらい。
凜々しい女性の声は味方だった時は頼もしい事この上無かった。が、敵に回せば背筋が凍り付く程に恐ろしいものがある。
師団長、ヴィルヘルミーネ。
および、その部下であるハーゲンにディートフリート。背後に居るのは召喚師だろうか。神殿で見たような聖衣を纏っている。
また、後衛の立ち位置からは感情の窺えない面持ちをしたランドルが陣取っていた。完全に体勢を整えて来ているし、思わぬ所からの援軍に思考が止まる。全然知らない人達が出て来たのであれば、人数がたくさん居るなという感想しか持てなかった。
しかし、今目の前に居るこの人等は所謂『知り合い』。こんな所で、こういう形で出会う事になるとは考えもしていなかった。
焦る珠希を余所に何故か自軍は落ち着きを払っている。何となく「予想通りだったな」、という空気が漂っているので現状を理解出来ていないのは自分だけらしい事があっさりと判明した。
誰もが無言の中、不意に黙っていたハーゲンが悩ましげに溜息を吐く。
「お待ちしておりました、と言うか……。俺達としては、ここで貴方達と出会うのは完全に予想外の出来事だったのですが。何故、わざわざ逃げ出したと言うのにギレットへの通り道を使っているのやら……」
「全くだな。意味が分からん。いや、元団長殿の不可解な行軍は今に始まった事ではないが。そうだろう、ランドル殿?」
ディートフリートの振りによって、ようやくランドルが重々しくも口を開いた。溜息すら混ざっていそうな、理解出来ない生き物を見るような目だ。
「正直、僕も出会うつもりは無かったのですが。戦闘も完全に予想外です。と言うより、何故、まだ大陸に居るのですか? トンズラすれば良かったものを……」
成る程ね、とダリルが頭を抱えた。明らかに今の言葉の数々が意図するところを汲んだのだろう。
「見逃してくれた訳か、ランドル。あー、いや、悪い事したよ。本当。カモミール裏から出て、裏から港へ向かって大陸から出ろって意味で珠希ちゃんにあの術式を持たせてた訳か!」
「えっ、どういう事ですか?」
「いや、んー……。リンレイ様の手の届かない所に、さっさと出てけって事だったんだよ。あの術式」
「……あ。え?」
「まあつまり、ランドルが師団引き連れてうろついてるのも、仕事は一応してますよってポーズだけの全国行脚って事さ」
――見逃してくれる、という機会を与えられたにも関わらず、それを自ら踏み砕いてしまったという意味か。
流石に理解した。好戦的な発言をしていた、数日前の自分達をぶん殴ってでも止めさせたい衝動に駆られる。完全に無駄足、無駄な抵抗を今まさにしているという訳か。
まあしかし、とコルネリアが好戦的な笑みを浮かべる。獰猛で、あの時に見た怪物を易々と想像させるようなそれを。
「お前等の為にあたしが出て行く通りがある訳無いだろ。調子に乗るな。行く大陸くらい自分で好きに選ぶっての」
「ううむ。またそれは違った問題ではあるが……。会ってしまっては仕方あるまいよ。互いの仕事をしようではないか。どのみち、俺はリンレイ様に会わねばならぬ。主等の采配通りに事が進もうはずも無いわ。諦めよ」
どちらにせよ、ポーズとはいえ仕事中であるランドルが、自分達を見逃す手は無い。彼が考えた苦肉の策は『会わない事』が絶対条件。覆しようも無く顔を付き合わせてしまっては元も子もない。
それを最もよく理解しているであろうランドルは、疲れ切った溜息をもう一度だけ吐き出した。