第10話

08.


 いまいち事態を呑込めずにいたが、そこはダリルのフォローが入った。

「うん? じゃあつまり、珠希ちゃんを保護した後、リンレイ様はどうしたかったって事?」
「だから、珠希ごと中のカルマを殺せば良いだろ」
「あ、あー。外部からの攻撃では殺せないけど、珠希ちゃんごと中身を破壊すれば一緒に消滅するかもしれないって腹積もりか!」

 その言葉に心底ぞっとした。それはつまり、あの場で『保護』を受け入れていたら、結局はその後八つ裂きにされていた訳か。
 内心でヒヤヒヤしていると、話の流れが急展開過ぎたせいか、頭を抱えていたイーヴァが言葉を挟み込む。

「……そういう予想がある事は分かった。推測に過ぎない以上、なんとも言えないけれど。ともかく、リンレイ様がまだ珠希を諦めていないのなら、私達は彼女を迎え撃つ必要がある」
「そ、そうだね。何だか悪いけれど……」
「ううん、いいの。それで、はっきりさせておきたいのだけれど――結局の所、コルネリアは何を最終目標として動いているの? 貴方の思想は、リンレイと同じである可能性がそれなりにある」

 コルネリアの所属している組織とやらの目的はカルマの封印だとか、そういった類いの触らぬ神に祟りなしといった体の目的だ。もし、リンレイの方法でカルマを殺せるのならば最悪、彼女は寝返るかもしれない。
 イーヴァの言いたい事が珍しくすんなり呑込めた。一方で、珠希自身にも理解出来る問いだったが為に、それがコルネリアへ伝わらないはずもない。

 顔をしかめた魔族はしかし、首を横に振った。それはどういった意味なのか、真意の程は直接彼女から語られる事となる。

「ああ、カルマを殺すって目的にせよ何にせよ、あたしが奴に付く事は無いよ。あいつがやりたい事ってのはカルマを消し去るって事で、あたし達がやりたい事は現状維持さ。何が楽しくて、パンドラの箱を突きたいと思うんだ」
「バイロンと同じ目的で動いていると見ていい?」
「こいつと一緒にされるのは癪だけど、まあ、それで概ね合ってるんじゃね?」
「分かった。信じてるからね、コルネリア」

 念を押すようにそう言い募ったイーヴァがこちらを見る。真剣な眼差しに、何故か背筋が伸びた。

「珠希も、それでいい? ランドルも居なくなってしまったし、術士に対抗出来る人材がいた方が効率的だと思う」
「えっ、あ、うん。別に良いと思うけど……」

 一瞬だけイーヴァが、「こいつちゃんと考えてんのか」、という顔をしたが見なかった事にした。
 それと同時に、ランドルの名前で置き去りにしていた疑問を不意に思い出す。

「そういえばさ、何でランドルさんは私にカモミールへ戻って来る為の魔法を持たせたんだろうね」
「それも謎だよな! 捕まえるつもりなら、こんなもん渡さなきゃ良かった訳だし」

 そう言ったロイが何故か片手を伸ばしてきた。何か受け取りたい物がある時の仕草に、はて、と意味を考える。ゼスチャーが伝わっていない事を悟ったロイが補足説明を加える。

「あのー、ほら、ランドルが珠希に持たせた術式は?」
「そんなの、ロイくんに渡したってどうにもならないじゃん……」
「いやそーだけど」

 一先ず、何か考えがあるらしいロイに術式を渡す――

「あれっ……真っ白だ」

 その手を寸でで止めた珠希は素直に首を傾げた。ランドルに貰った術式は真っ白になってしまい、その内容を伺い知る事は出来なくなっている。何が書いてあったのか、見当も付かない。
 疑問に答えたのはバイロンだった。素早く紙にペンを走らせ、問いの答えを教える。

『使い捨て術式、というものが存在する。回数制限のある、主に上の人間が部下に持たせるレンタル品だ』
「えーっと? 回数制限を求めて? 何で上下関係になるんですか?」
『部下に強い力を持たせないようにする為』

 ――まあ、本当に必要だったらコピー取るな。私は。
 わざわざ回数制限を守る必要は無いな、そう結論付けた珠希は一人頷く。しかし、頷くという行動で頭を振ったからか「あっ、コピー機とかあるのかな。アーティアって」という当然の疑問にも辿り着いた。

 ここで黙って考え込んでいたフェイロンがぽつりと呟く。

「回数制限を付けるにしろ、珠希にこれを持たせた意味が分からぬ。結果として、我々を取り逃がす結果ともなっているというのに」
「ランドルさんが、私達に対して可哀相だなあ、とか、哀れみの感情でも持っていた、とか?」
「その感情を持っていたとして、現状必要か? あれが感情論に流されるとは思えぬが……」
「えー? 一時旅とかしてたんだよ。情が移ってもおかしくないじゃん」
「やはり、これはリンレイ様の独断……そうでなければ、俺の所にこそ珠希の件が回って来ていて間違いは無いか」

 ぶつぶつと呟くフェイロンは完全に自分の世界だ。リンレイがどの程度、幅を利かせているのか推し量っているらしい。