第9話

06.


 ***

 ギルド裏へ戻った。脳裏ではあの青ざめた看守の顔が離れない。けれど、私に何が出来たと言うのだろうか。例え、彼をここまで移動させて来たとして、彼に職務を放棄させる事は正しいのだろうか。それとも、私が取った行動は人道を外れている?

「あまり深く考え無い方が良いんじゃない。うっかり犯罪者を客として中に入れたのは奴等の不手際だよ。上手く追い返すでしょ」
「イカルガさん、マトモとは言えない性格だよ?大丈夫?」
「戻らないでよ。僕は君の面倒を見なきゃならないんだから」

 溜息を吐きながら、ギルドへ入る。
 ――空気は異様の一言に尽きた。
 静まり返ったロビー、ギルドメンバーは壁に寄り、不安そうな顔をしている者もいる。私達が入って来た事で、中央にいた人物達の視線が集まった。

「会いたかったよ、ミソラちゃん!」

 アルデアさんと珍しくレイヴンさんの姿もある。そんな彼等に対峙しているのはラルフさんだ。口論になっていたらしく、少しだけ焦った顔のラルフさんと目が合う。隣にはエーベルハルトさんもいたが、やはり肉体言語派なのか口を出す気配は無い。
 ミソラ、とラルフさんに硬い声音で呼ばれる。

「外へ出ていろ。一時帰って来ない方が良い」
「えっ、でも……」

 ラルフさんが遠巻きに様子を伺っていたアレクシアさんに目配せする。それがどういう意味を持ったものだったのかは定かではないが、頷いたアレクシアさんがこちらへ駆け寄って来た。
 ちょっと、と不満そうな声を上げるアルデアさん。

「僕はミソラちゃんに用事があって来たんだって、勝手に連れて行こうとしないでよね」
「用事?ここはギルドだぞ、依頼以外の用事で敷居を跨いで貰っては困るな」
「あ、そう。じゃあ依頼で来たって事で。今度はフェザントに運んで貰おうかな」

 売り言葉に買い言葉。終わらない口論に対し、一応いるレイヴンはどこまでも無関心だ。いつかのイカルガさんの時のように。

「頭硬いなあ、何とか言ってやってよ、レイヴン」
「遠慮しておこう。私の用事は、ミソラちゃんの事とは無関係――だと思うからね」
「あれっ、知り合いだったっけ?」
「イカルガと一緒にいただろう、私は」

 話し込んでいると見たアレクシアさんが私の隣に立つ。その顔は曇っていた。

「さ、ミソラ。外に出るわよ。あんた、何か奴等に目を着けられてるみたいだし、長居は無用よ」
「え、でも……。そうだ、フェリアスさんは?」
「様子を見てるわ。安全に追い返す方法を考えてるみたいだけど、何とも言えないわね。案外、オルニス・ファミリーにビビっちゃってるのかも」
「それは無さそうですけどね」

 何でも良いから早く行くよ、とイザークさんがそう言った。てっきりエーベルハルトさんと一緒にことの成り行きを見守るものと思っていたが、私を外に逃がすという雑事の方に協力しているらしい。申し訳無い事この上ない。
 本当にこのまま、ギルドの大人達にこの場を任せて当事者である私が逃げ出しても良いのか。いや、常識的に考えても私がお帰り願うのが順当だろう。
 私も残ってアルデアさんを説得しよう。
 そう決意した丁度その時だった。黙ってラルフさんとアルデアさんの口論に耳を傾けていたフェリアスさんが口を開く。

「――そろそろ他の客やギルドのメンバーに迷惑だから、お帰りして貰って良いかな。ミソラはうちの大事な看板。君みたいな殺人鬼においそれと渡すわけにはいかないよ。何より、依頼を持って来た訳じゃないのなら、ギルドへ入って来ないでくれるかな。それは営業妨害だ」

 言いながらカウンターから出て来たフェリアスさんはアルデアさんの肩をトン、と押した。殺人ファミリーのボスはその目を僅かに見開く。
 何を驚いているのだろうか、そう考えてすぐに合点がいった。そうだ、アルデアさんのギフト。彼に触れられるはずがないのに、フェリアスさんはその肩を押してみせた。

「子供だましは通用しないよ。出て行ってくれるね、今すぐに」
「……おっかないなー。仕方ない、レイヴン、撤収しようか」
「おやおや。何をしに来たのやら……」
「うるさいな、僕だって何しに来たのかなって思ったよ!」

 面白く無さそうに文句を垂れながら、アルデアさんはあっさり背を向けギルドの出口へと歩いて行く。その後を着いて行ったレイヴンさんがはた、と足を止めた。
 その顔には笑みが張り付いている。紳士然とした、まるで悪意を感じさせない笑みだ。

「――そういえば、水嶺迷宮の地下2階にある部屋を開けたのは、君達だろうか?」

 シン、と静まり返る。それを肯定と受け取ったのか、否定と受け取ったのか。くすくす、と笑みを溢したレイヴンさんもまた、アルデアさんの後を追ってギルドから出て行った。