05.
この看守、年齢にして30代後半くらいだろうか。私の倍は生きているに違い無い。そんな彼は前から歩いて来る人物に対して形式的なお辞儀をした。
「――あ!」
「あら?」
私は私服を纏った刑務所の職員ではないその人に何度か会った事がある。そしてそれは、彼女も同じだろう。私を見つけた瞬間、その顔に満面の笑みを浮かべる。最初に出会った時は可愛らしい、恋する女性のような笑みだと思っていた、そんな笑みを。
「ミソラさん、お久しぶりです!この間はバタバタしてしまって、碌な挨拶も出来ずにごめんなさいね?」
「こんにちは……イカルガさん……」
オルニス・ファミリー構成員のイカルガさん。
犯罪者であり、指名手配されているにも関わらず刑務所へ入って来る胆力はいっそ清々しいくらいだ。度胸あり過ぎである。
名前を聞いた途端、私と同じくイザークさんもすぐに警戒態勢に入った。しかし、そんな彼を見てイカルガさんは目を輝かせる。
「あら?もしかしてミソラさんの良い人ですか?うちのダーリンには全然似ていなくてよかったわ」
「はあ……イザークさんは私の後輩です」
「彼の方が歳は上なのに、変な感じですね、それは」
イザークさんが険しい顔で私達の会話に割って入った。しかし、そこで目が覚める。何故私は殺人犯と和気藹々とした会話をしていたのか。これもひとえに、彼女が成せる業なのだろう。全く犯罪者と話している、という認識が薄れていた。
「ちょっと、どうして殺人――」
「それ以上は言わない方が良いのではありませんか?ここ、一応は公共施設扱いなんですよ?人が一杯いるんです」
「……それで?」
「貴方、見た所強そうですね。純粋な腕っ節が。私、到底貴方に敵いそうにありませんわ」
だから、とイカルガさんはその双眸にようやく殺人鬼らしい狂気を浮かべる。背筋に走る悪寒は間違い無く本物だ。
「私――最期の抵抗で、この刑務所にいる人間を手当たり次第、手に掛けてしまいそう」
ひっ、と息を呑んだのは看守だった。私達の会話を少しばかり引いて眺めていたのだが、イカルガさんの発した言葉で事の重大さを悟ったらしい。
砂漠の国は中立国。国の中枢は連合軍に加盟する意志を表明しているが、末端の町なんかは今でも反対しており、グレーな立ち位置に立たされている。そして、この刑務所付近はまさに反対派の根城だ。
連合軍が発布している指名手配書なんてものを受け取っているとは思えない。咄嗟に殺人鬼の顔が出て来ないのは仕方のない事なのだ。
「あんた、何が目的なのさ。どうして刑務所の人間を殺す必要がある訳?」
「理由?面白い事を言うのですね。流石はミソラさんの……うふふ、こういう子が好みなんですか?」
「訊いている事に答えてくれないかな」
「今、女性同士のお話をしているのではありませんか。……というか、殺人鬼が人を殺すのに理由が必要だとでも?」
それは全く答えにはなっていなかったが、理由を訊くだけ無駄だ、という気持ちにはさせられた。イザークさんも同じ考えだったようで、刺々しい溜息を吐き出す。
話題を変えるように私は口を開いた。
「えーと、イカルガさんはどうしてここに?」
「あ!そうでした、私、のんびりしている場合じゃないんですよ。ダーリンに似た人を迎えに来たんです」
――ダーリンに『似た』人……?
それは酷く不穏な響きだった。何故、ダーリンその人ではなく、似た人を気に掛ける必要があるのか。歪な言葉にただただ不安を煽られる。しかも彼女、よく見たら看守が同行していない。
その事実に関しては私達を案内していた看守がすでに気付いているようで、顔を青ざめさせている。
「――面会の貴方達は、先に外へ出て受付へ行ってくれませんか。私は彼女を面会室へ案内しなければなりませんので……」
「え、でも」
「この道を真っ直ぐ進んでください」
すいませんね、とイカルガさんは口先だけの謝罪を溢した。
「私と一緒にいた看守さん、いなくなってしまって。貴方が代わりに面会室まで案内してくださるのですか?よろしくお願いしますね?次はくれぐれも、途中で失踪したりしないでくださいよ?」
看守にそっと背を押され、一歩前に出た私の腕をイザークさんが引っ張る。
一度だけ振り返った私の視界には、ちっとも目が嗤っていないイカルガさんと、その前をガチガチの動きで先導する看守だけが写った。