第9話

04.


 迎えの看守が部屋の乱れた様子を見て僅かに溜息を吐いた。

「大変だったでしょう?」
「……いえ、私ではなくエリオットさんが……」

 ここの看守は無表情な人間が多かったのだが、ここに来て初めてその看守は顔色に嫌悪を滲ませた。

「彼は一家心中というか、ご自身の奥さんと娘さんを手に掛けて投獄されたのです。あの様子を見ると、正気では無かったようですがね」
「娘は違うって、言っていましたけど」
「さあ、それは私に言われましても。所詮、我々看守は投獄された囚人に目を光らせるのが役目。捕まえるのは自警団の役目ですよ。順当な役割の振り分けに文句などありません」

 夜の砂漠のように冷めた態度だった。あまり深く物事を考えようとしていないのがありありと伝わって来る。
 しかし、看守の目の下に隈があるのを発見してしまえば、その答えを詰る事など当然出来なかった。苦労しているのは、冤罪で罪が重くなったかもしれないエリオットさんだけではないらしい事がはっきりと伝わって来たからだ。

「あの囚人は人2人を殺害していますからね。当然、無期懲役です。砂漠の国は比較的、法律に厳しい国ですから、当然と言えば当然ですが」
「調べ直したりなんかはしないんですか?本人もああ言っていますけど……」

 私達を外へ案内しようとしていた看守は自嘲めいた笑みを浮かべた。

「貴方はまだ若い。置き換えて考えてみましょうよ。彼は『娘は』殺していないと声高に主張していますが、裏を返せば『妻は』殺害しているわけです。どちらにせよ、確実に1人は殺害している事になりますね」
「けれど、1人と2人では違うでしょう?エリオットさんの名誉の話でもあります」
「では、貴方は砂漠の国に住んでいるとしましょう。近所で一家殺人事件が起きました。犯人は『妻は殺したが、娘は殺していない』と供述しています。1人の殺害では懲役14年。つまり、14年後には一家殺人事件の犯人が牢から出て、貴方が住んでいる近所へ戻って来ます――どうですか?」

 頭の中でサークリスギルドの周辺に人物が置き換えられて行く。先程まで囚人に感情移入していた私は、途端、近隣住民に感情移入した。何故なら、そちらの境遇の方が自らの境遇に近かったからだ。
 完全に置き換えが終わったタイミングで、看守は再び続きを話し始める。

「貴方――14年後に殺人犯が近所へ戻ってくると分かって、弁護をし、『犯人は妻しか手に掛けていないかもしれない』と声を張る事が出来ますか?出来ませんよね?だって、彼が他の人間を絶対に殺さないと言えますか?人をすでに1人殺しているのに?14年後、襲われるのは貴方かもしれないし、貴方ではない友人や家族かもしれない。そういう不安因子の為に、貴方はわざわざ声を張り上げようと思いますか?」

 答えは明確だった。
 ――私は絶対に、彼の為に近隣住民を危険に晒すような選択は取らない。
 最早迷う余地も無くそう言える。そしてそうであるからこそ、私は黙り込んだ。今まで言っていた綺麗事が恥ずかしくなる。
 そんな私に代わり、イザークさんは肩を竦めた。

「ま、ご覧の通りさ。すいませんでしたね、うちのが余計な事を言って」
「いいえ。先にも述べた通り、貴方は――貴方達は若い。ましてや、子を産んだ母でも無いし、家族を養う父でもありません。それに、貴方が言う事は厳密に言えば正しい、善でしょう。本質的には正しい、即ち正論を言えるのは若い頃だけの特権ですよ。大人になってしまうと、どうしても保守的になっていけませんね。自分自身以上に、大事なものが多すぎるし、小狡くなってしまって……」