03.
「お待たせしました!これが例の荷物です」
「お袋……」
封筒に丁寧な字で書かれている名前を見てエリオットさんが呟いた。奥さんからではなく、母親からだったか。
微かな違和感。誤差と言われてしまえばそれまでの、しかしどことなくモヤッとするような。
エリオットさんが封筒の中から写真を取り出すのを、どうしてだかハラハラした気持ちで見守る。事前にイザークさんが言った言葉のせいかもしれない。言葉には出来ない不安感が酷く心地悪かった。
「エリオットさん……?」
「――じゃない」
「え?」
ぴたり、と写真を無心で捲っていたエリオットさんの手が止まる。顔色が一層悪くなったのが分かった。
何か呟いているようなので、身を乗り出して、普段誰かと対峙する時にそうするように「もう一回言って」、という旨の態度を取った。そう、私は彼が正気ではない、しかも一家殺人事件を起こした囚人だという事を一時的に失念していたのだ。
だんっ、と盛大な音を立ててエリオットさんが持っていた写真を机に叩き付ける。
それと同じタイミングでイザークさんから襟首を掴まれ、無理矢理机から距離を取らされた。
「俺じゃない!俺は、確かに妻を殺したが、娘を殺したのは、俺じゃないッ!!」
それは悲痛であると同時に恐ろしい告白に違い無かった。思わず私は手も息も止め、激昂するその人を凝視する。
本当なんだ、と男が椅子を立つ。ただし、彼は一応拘束されているので大した距離を移動する事は出来ないようだ。全く安心出来る気はしないけれど。
案の定、控えていた看守が険しい顔で立ち上がる。その手にはスタンガンを持っていた。こんなもので囚人を攻撃して良いのか、そういう気持ちが湧き上がったものの、潜在的な恐怖からその行為を諫める事は出来ない。何て情けないのだろう、私は。
茫然とエリオットさんを見つめる私達を余所に、彼は更に言葉を紡いだ。
「娘は、知らねぇオッサンに殺された!本当なんだよ、あいつ訳分からねぇ!芸術がどうの、って!!馬鹿じゃねぇの、人間の死体なんざ何の芸術に使うってんだよ!!」
その言葉に殺害された娘への哀愁は感じられない。ただ、自身の無実を声高に叫んでいるような、そんな言葉だ。
――おかしい、狂っている。
まさに狂人のお手本のような人物だった。一瞬の豹変と、血走った目、意味不明な言葉の羅列。どれを取っても度し難く、解し難い。
エリオットさんが再度机を叩いた瞬間、これ以上看過出来ないと悟ったのか、看守が素早く接近。手慣れた動きでエリオットさんの首筋にスタンガンを押し当てた。電気の奔る、一瞬の音。すぐにエリオットさんが力を失って倒れた。
看守はそれを確認すると顔をこちらに向け、淡々と事務的な言葉を吐き出す。
「見ての通り、囚人が暴れ出したので面会は強制終了です。出口まで別の看守に案内させますので、少々お待ちください」
もっと他に言う事は無いのか、そう思ったが看守は近くにあった赤いボタンを押すと、そのままエリオットさんを引き摺って部屋の向こうへ消えて行ってしまった。