第9話

01.


 靴の中が砂でざらざらする。しかし、すでに私は「靴の中の砂を取り除く」という行為そのものに意味が見出せなくなっていた。それは、汗だくで必死にクールを気取っているイザークさんもきっと同じだろう。
 ゆらゆら揺れる蜃気楼に脳まで揺さ振られているような気さえしてくる。暑さは『バリア』によって遮断されているが、むっとするような空気そのものは想像に難くない。
 前回はあんなに寒い場所だったのに、今度は暑い場所。意地を張って『バリア』に入って来ないイザークさんが倒れる心配がどうしても拭えない。
 ――砂漠の国、刑務所前。
 どこを見ても砂、砂、砂。その中にポツンと建つ豆腐のような建物こそが砂漠の国で捕まった罪人達を収容する場所である。環境は頗る悪い。何せ、私達は郵便物を運びに来ただけだと言うのに、中にさえ入れて貰えず、外でずっと待機させられているのだ。

「イザークさん、暑くない?こっちに寄っても良いよ?」
「別に、暑くなんか無いし……」
「ふぅん。汗酷いけど……」

 ぐったりした顔をしたイザークさんは完全に上の空だ。寒いのも苦手だったようだが、暑い方が耐えられないらしい。

「というか、今日はここに何を運ぶつもりだった訳?」
「何か、写真。確認したけど家族写真みたいだね」

 言いながら私は封筒に入った大量の紙片を見せた。糊付けしてあるので、取り出す気にはならなかったが。
 話をしていると、私達をずっと外に立たせていた看守が戻って来た。このクソ暑い中、暑そうな制服を身に纏っている。半袖ではあるものの、酷く暑そうだ。

「お待たせしました。面会許可が下りましたよ。そちらの荷物は、一度我々がチェックします」
「了解しました」

 看守に封筒を手渡した。
 ――そこで気付く。
 いや、届け先の囚人と取り残されても話す事が無いのだが。
 その事実を伝えるより早く、面会室へと連れて行かれた。

「全然涼しくないなあ、建物の中なのにさあ」
「そうなの?」
「暑いよ……うだるような暑さだ。僕ならここには長時間いたくないな。面会室、冷えてると良いけど」

 私達を面会室まで連れて来てくれた看守が面会室のドアを開け、私達を中へ招き入れる。てっきり、ここまで来れば看守は業務に戻ると思われたが、そのままドアの所に突っ立ったままだ。
 私の訝しげな視線に気付いたのか、看守は軽く一礼する。

「面会には看守の同行が原則ですので」

 そうなのか、知らなかった。如何せん、刑務所に来たのも多分初めてだ。
 ようやく、届け先の人物と対峙する。ボーダーの囚人服に身を包んだ中年の男性。両手には錠が掛けられており、自由さは微塵も無い。
 悲痛そうな面持ちの男がゆっくりと顔を上げた。隈が酷い。眠れていないのだろうか。