05.
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元の道に戻ってきた。幸い、アルデアさんは宣言通り追って来ていない。私が安堵に胸をなで下ろすと不意に知らない声が話し掛けてきた。
「今、その道から出て来ましたよね?」
優しげな女性の声。弾かれたように顔を上げると、イザークさんが怪訝そうな顔をしているのが見えた。
女性の方は金髪を一つにまとめた、上品な笑みを浮かべている。
――が、着ている服はよくよく見覚えのあるものだ。私達ギルドメンバーが最も忌避するそれを見間違えるはずもない。
正規の軍服に身を包んだその人が再度訊ねてくる。
「その道から出て来るのを見て、お尋ねしたい事があるのですが。今、よろしいですか?」
「……僕達も暇じゃないんで、手短にお願いしますよ」
「ええ、有り難うございます」
にこやかな女性の態度は一貫しているのだが、何故か背筋に走る悪寒を拭えない。蛇睨み、微笑んでいるのに微笑んでいないような、肉食獣が舌なめずりをしているような感覚だろうか。今日は変な人によく出会う日だ。
「見て分かる通り、実は今、軍の方で追っている重罪人がいまして。オルニス・ファミリー。ご存知でしょうか?」
「あ、それなら――」
イザークさんに肘で小突かれたので、思わず口を噤む。
「その犯罪組織なら知っていますが、彼等がどうかしたのですか」
「ええ、この辺りに潜伏しているという情報を得まして。ここ、1本道でしょう?だから、この不自然な脇道の先に居を構えているのでは、と当たりを付けたのですよ」
「そういえば、人が住んでいましたよ。この先」
それがアルデアさん達であると分かっているはずなのに、シラを切るかのようにイザークさんは言ってのけた。しかし、流石の私もそこまで馬鹿ではない。ここで、「この先にファミリーのボス、アルデアさんが潜伏しています!」何て言おうものなら要らない誤解を受けかねない事は分かりきっていた。
でしょうね、と女性が頷く。
「有力な情報を得ました。少し見て――おや?」
女性が私達の背後に視線を投げ掛ける。それに釣られて振り返るより早く、つい最近聞いた声が鼓膜を振るわせた。
「ホント、どこに行っても最近会うなあ。もしかして俺の事を尾行してるとか?」
「トレヴァーさん……!!」
嫌な人に出会った。この間のダストターミナル事件以降、何を言ってくるか分からず怯えていたが、まさか本人と遭遇するとは。最悪だ。
お知り合いですか、と穏やかな物腰を崩さず女性が訊ねる。
「知り合いって言うか、顔見知り?まあ、何でもいいや。で?お前まさか、オルニスに入ったんじゃないだろうな」
「入ってないです!私が人殺しなんて、そんな恐ろしい事出来る訳無いじゃないですか!」
「まあ、それもそうだ。と、言いたいところなんだけどね。君の技能、割と使える感じのアレじゃん?そんなの、殺人鬼共の手に渡ったら面倒だしなあ」
やはり、ターミナルで目が合ったと思ったのは勘違いじゃなかったらしい。珍しくイザークさんが渋面顔で私達のやり取りを聞いている。
「へえ、珍しい技能……。興味がありますね。ちょっと私の前で実演していただいて良いですか?」
「グロリア……。お前、仕事中だからね、今」
「良いでしょう?だって、オルニス・ファミリーはこの先にいるようですし、急いでも結果は変わらないと思いますよ。それより、次はいつ会えるか分からない彼女の事が気に掛かります」
グロリア、そう呼ばれた女性はうっとりと顔を緩ませた。危険な匂いがまるで隠せておらず、私は少し彼女から距離を取る。
「止めとけって。何の為にお前を連れて来たと思ってるんだよ。あー、運送屋も。こっちには見逃してやりたいって気持ちはあるんだからさあ、自重しろよ、ホント」
どこか呆れたようにそう言ったトレヴァーさんが何事も無かったかのように背を向ける。そのまま、グロリアさんを連れて先程私達が引き返した道を進み始めた。
「詳しい話はギルドで聞こうか、ミソラ」
「ううっ……勘弁して……!」