第8話

03.


 人気が無い事を念入りに確認し、サークリス郊外へ移動する。郊外、なんて言うか案外整備された首都へ行く為の道があるだけだ。ただし、車を持っている人しか使わない、所謂道路のようなものなので人通りはほぼ無いようなものだろう。

「――ていうか、郊外にこんな住所あったっけ」
「何?性懲りもなくまたホラー系で攻めるつもり?」
「あの屋敷の事はもう忘れようよ。隙を生じさせない二段構えだったせいで、ふとした拍子に思い出すんだよ、本当」

 喋りながら道路に沿って歩いていると、曲がり角があった。ただし、獣道を少し舗装した程度の徒歩以外では入り込めない細道だが。

「これなんじゃない?」
「そうかな。ま、違ったら戻ってくればいいんだし曲がってみる?」

 一瞬だけ足を止めたイザークさんが先頭切って歩き出す。こういう所は騎士らしいというか、さり気なさが自ら下げまくった株をそこそこ上げてくれる感じがある。

「――何か今、失礼な事考えてなかった?」
「黙ってればモテるだろうにな、って考えてた」
「知ってるよ、そんな事。だけど、僕は女性の黄色い声が嫌いなんだよね。その点、サークリスギルドはマシだよ。煩そうなのはいるけど、実際には大して煩くないからね」
「何で?フェリアスさんが、男はモテてなんぼって言ってたよ」
「は?ギルマスはコハクさん以外と話さないじゃん……。君なら分かるでしょ、いくらモテたって、たった一人に好かれなきゃ意味無いんだって」
「ラルフさんの事は言わないで……!」

 そういえば、今日はギルドにいなかった気がするがアレクシアさんと依頼にでも行っているのだろうか。羨ましい限りである。しかし、何となく経験のありそうなイザークさんの言葉に、私は知らず笑みを浮かべていた。

「それにしても、今サラッと流しましたけど……イザークさんも、私みたいな状態になった事があるんですか?」
「……エーベルハルトさん」
「え?」
「僕が折角距離を詰めて仲良くなったと思ったら、エーベルハルトさんの事紹介しろって言われた……」
「わ、わあ。私より悲惨だった。何か、変な事聞いてごめんね?」

 本当に申し訳無いと思って謝罪を口にしたのだが、余計にイザークさんの神経を逆撫でしたようで睨み付けられてしまった。
 ――と、不意にイザークさんが足を止める。
 何か見えたのかとその隣に並んで、絶句した。

「えー、何これ……。プレハブ小屋?雨漏り酷そうだなあ」

 心なしか少し傾いている、掘っ立て小屋のような建物。隙間風も凄そうだし、何より雨を凌げなさそうだ。そもそも、ここは人が住んでいるのだろうか。土砂崩れに巻き込まれそうな危うささえある。

「酷いなあ。確かに傾いているし、今にも倒れそうだけどさ、仮住居には丁度良いんだってここ!何せ、人目に付かないからね!」
「ヒッ!?」

 ばたん、と今にも壊れそうなドアを開け放って、ついこの間も見た彼が登場する。
 ――オルニス・ファミリー、そのボスにして先日あっさり仲間を見捨てて逃げたクズ。殺人鬼と名高いアルデアさんだ。
 そんな殺人鬼はその顔に満面の笑みを浮かべている。随分とご機嫌らしい。

「いやあ、僕は嬉しいよ!まさかミソラちゃんの方から僕に会いに来てくれるなんて!」
「あの殺人鬼、何でこんなところに」
「君、聞こえてるよ。何か余分な奴もいるけど、バラしてしまえば問題無し。人間の臓器って高値で売れるんだよね、雪の国とかでさ!」

 住所、本当にここで合っているのだろうか。今更ながらの疑問が頭をもたげる。しかし、依頼人が渡してきたこの箱からして、オルニス・ファミリーが出て来てもおかしくはなかったのだ。認めたくなかっただけで。

「――アルデアさん、何でここに?」
「えー?あ、興味あるの?いいよいいよ、未来の仲間であるミソラちゃんには僕の秘密を教えてあげよう」
「いえ、やっぱりいいです」
「この間、お屋敷で会ったじゃん?あそこ、交通の便が悪すぎて却下したんだよ。メイドのお化けとか出て来るし。もう1回殺しておいたけど、今度こそ成仏出来たかな?まあ、何でも良いんだけどね。で、次はダストターミナルに行ったんだけど、軍人に目をつけられちゃって没!今はここで仮暮らし中って訳なんだ!」
「いや、ホント聞いてないんで、別に……」

 ゆっくりとイザークさんが臨戦態勢に入る。今まで見た事が無いくらいの警戒ぶりだ。
 しかし――ギフト技能のお陰か、アルデアさんに気後れした様子は無い。それどころか、イザークさんなどいないかのように不用意に近付いて来た。

「それで、ミソラちゃんは何の用かな?僕の仲間になりに来たのなら問題無いけど、それ以外だったらちょっと困るなあ……」
「……荷物を、届けに来たんですけど。間違いだったみたいです」
「えー、誰だろ。この辺には僕等以外、住んでないよ。爆発物だったら嫌だけど、そういえばミソラちゃんってば中身をちゃんと確認する良い子だから大丈夫だね!」

 私が片手に持っていた小箱に気付いたのか、アルデアさんが笑みを浮かべる。何故だろう、爽やかに笑っているはずなのに覚える、怖気。

「可愛いラッピングだなあ。イカルガはここにいるし、誰だろ……あ、何か心当たりあるぞ」