第8話

02.


「あの……可愛い物っていうか、ピンク色が好きなんですか?」

 訊いてから何となく失礼な感じになってしまったな、と心中で反省する。しかし、依頼人は意に介した様子も無くカラカラと笑った。

「可愛いのが好きなんだよ。あ、誤解のないように言っておくが、俺自身が身につける物はギラッギラのシルバーアクセサリーだぜ?」
「いや、別に訊いてないです、それは」

 へへ、と笑いながら可愛らしくリボンをちょうちょ結びにした彼は言葉を紡ぐ。

「男なんてみーんな可愛いモン好きだろ。可愛い女の子が好きなんだからさ。ま、だけど、俺自身は可愛い物で着飾らなくていい。俺みたいな無骨な男より、俺の可愛いカノジョが可愛いものを持って、可愛いカッコしてる方が眼福ってやつさ。だから、女に無骨な封筒で手紙を送りつけるなんざつまんねぇよ。箱も可愛くラッピングすりゃ、手にとって貰った時に一番栄えんだろ?」

 とてもほっこりする話を聞いた気がする。カノジョさんとやらも大切にされているのがよく分かる――分かるが、何故だろう。この、何か恐ろしいものを見た後のような、酷く歪な気分は。何か、気付いてはいけない恐ろしい話を聞いたような、でも深く考えなければ良い話だったような。
 そう、針の上に立っているような不安定な危うさが、確かに彼の言葉の中にはある。何がおかしいのかは分からないけれど。
 私が言われた通りに筆を走らせる一方で、完全に手持ち無沙汰なイザークさんが依頼人に話し掛ける。

「ちょっと訊きたい事があるんだけどさ、アクセサリーを選ぶのに失敗したって言ってたでしょ。何で事前にカノジョと打ち合わせしなかったわけ?」
「あん?サプライズで渡せば驚いた顔と、その後の反応まで楽しめるだろ」
「ふぅん。カノジョの好みとか知ってないと出来ないね」
「いや、ぶっちゃけアレはアイツの好みじゃねぇ事は知ってたんだよ。たださ、要らん物を貰って困惑する顔が見たかった。箱持って首傾げてんのが可愛いんだよ」
「成る程ね。把握した。ちょっと僕にカノジョの事を口頭で紹介してみてよ。どんな人なの?」
「おん?そうだな、黒い髪でちょっと童顔か。雪の国出身つってたけど、日光に当たらないから肌が白いな。……何でそんな事訊くわけ?」
「いいや。たんに会話が途切れるのが嫌だっただけ」
「そうか!気が利かなくて悪かったな!はっはっは!」

 出来ましたけど、と私が声を掛けると依頼人は慌てたように伝票にボールペンを走らせた。インクの色は黒だ。カノジョには可愛い物を持たせたがるが、自分は自分に合う物を、というのは本当らしい。

「あんたが首に提げてるそれ、ゴーグル。何かいいな、それ」
「はい?」

 伝票に書き漏らしが無いかチェックしていた依頼人が不意にそう言った。言わずともがな、私が首から提げている形だけのゴーグルだ。昔は何かに使っていたのだが、今ではジンクスを担いだただの縁起物と成り果てている。

「何つーか、その絶妙なアンバランスさが良い。今度買ってみようかな」
「は、はあ……」

 真意を問う前に、依頼人から伝票を渡された。届け先はサークリス郊外だ。思いの外、ギルド近くの配達先である。

「じゃ、頼んだぜ!まあ、この住所にいなかったら、それは適当に処分してくれや。何度もここまで来させるのはメンドイしな!」

 最後、伝票に書かれた依頼人の名前に視線を落とす。
 ――フェザント。波乱の予感しかしない、共通項になりつつある名前の特徴だ。
 お礼を言って家を後にする。依頼人――フェザントさんが見えなくなって初めて私は口を開いた。

「何か、和む人だったけど、最後まで違和感あったなあ」
「そりゃそうでしょ。僕はゾッとしたけど」
「え?」

 顔をしかめたイザークさんが、私の言う『違和感』の正体について淡々と説明する。

「ピンと来てないみたいだから聞くけど、君がギルドの前で勝手に餌をやってるあの猫、どんな猫だったっけ?」
「何、いきなり……。虎猫のきっちゃんだよ。尻尾がすらっとしててモデルみたいな子なんだよ」
「ふぅん。なら、僕をギルドのメンバーに紹介する時は何て言う?」
「口調がキツく、メンタル薄弱者には辛い相手です。言っている事の7割は聞かなくても大丈夫でしょう」
「ちょっと君後でギルド裏に来てくれる?」
「だから、それが何だって言うのさ」

 ふん、とイザークさんは心なしか胸糞悪そうな顔をして鼻を鳴らした。

「アイツ、カノジョとやらを僕に紹介する時、人柄じゃなくて見た目の話をしただろ」
「あー、可愛さだけが大事とかいう感じの?外見重視?」
「違う。愛とかそんなのは本物なんだよ、あの手の人間は。ただし、カノジョの事は君が言う犬猫と変わらない存在――つまりはペットのようなものだと思ってるって事。人が人と接する時、仲良くなりたい時は相手が喜ぶ事を積極的にするでしょ。だけど、奴はカノジョの反応が見たいが為に、喜ばないものをわざわざ購入して渡した。君は猫を可愛いと思っているよね?」
「思ってるよ!そうじゃなかったら餌なんてあげないし!」
「その猫に可愛い首輪を買ってあげたり、服を着せてみたいとは思う?」
「まあ、思いますね」
「だけど、与えた物は猫にとっては不必要どころか邪魔でしょ。君は猫が可愛く着飾って満足かもしれないけれど。アイツがやってるのはそういう事だよ」

 うっすらとニュアンスだけは伝わった。
 確かに私も猫が可愛い小物を身につけていれば可愛い可愛いと言って一層愛でるだろう。けれどその時の私は、猫に必ずしも自分と同じ愛を求めてはいない。好かれているに越した事は無いが、私が他人を好ましい、愛していると思うように猫が餌をくれる人間を愛してくれるとは思わないからだ。
 もっと言えば、「餌をくれる都合の良い人間」と思われても何ら悪い気はしない。私は猫をモフモフと撫で、可愛いと触れ合えるだけで十分だからだ。
 ――が、それは人間と同じ思考をする訳ではない動物にだからこそ言える事であって、これをこのまま対人に適用出来るとは思わないし、そんな事は倫理的問題で出来ないはずだ。

「ま、とは言ってもあれだけの会話で判断は出来ないけどね。ただ、アイツ、まとう空気が正常な人間とは思えないし、もう会わない方が良いと思うよ」
「それは騎士の勘とか?」
「ま、そんなとこさ」