第7話

04.


 そんな気はするが、目が離せない。何かとても重要な事が、今目の前で起きている、そんな確信から離れられないのだ。

「見逃してくれないかなぁ、だいたい、どうして軍人が機械の国にいるんだい?ルール違反だよ、それはさ」

 どこか余裕のあるアルデアさんの言葉に対し、こちらも気怠そうな顔をしたトレヴァーさんは肩を竦めた。何を言っているんだ、と言わんばかりである。

「ルールも何も、手当たり次第に人を殺す殺人鬼を野放しにしておく訳にはいかないだろ。そもそも、俺がここまで入って来られてる時点で国の許可が下りてる事、分かんないもんかね」
「あれ、僕がここに潜伏してる事、お国の皆さんに知られてる?ふーん、誰か僕の事、チクったんだ。怖いモノ知らずだなあ。あと、言っておくけど僕は手当たり次第に殺してる訳じゃ無くて、必要があったから殺しているんだよ。まるで快楽殺人鬼みたいに言われるのは心外だなあ」
「ま、何でも良いけどね。まずは俺をどうにかして、同じ台詞を吐きなさいよ。まさか目の前にいる殺人鬼を見逃すとでも思ってるわけ?」

 殺伐とした空気感。アルデアさんを除いた、全ての人物が緊張感を放っている中、渦中の人物である彼だけが飄々とした態度を崩さない。

「ちょっと、ボスぅ、逃げましょうよ。アイツ、軍のトレヴァーですよ。犯罪者を取り締まる為にずっと大尉から昇格しないって噂の」

 イカルガさんの苦言に対しても、アルデアさんは薄ら笑みを返しただけだった。チッ、と口汚く舌打ちしたイカルガさんが、あっさりアルデアさんに背を向けて走り出す。逃亡した事は一目瞭然だ。
 それを見送ったトレヴァーさんが動いた。右手を勢いよくアルデアさんに向ける。
 ――凄まじい音を立て、アルデアさんの背後の廃棄物が弾けた。見えない何かに強い力で叩き散らされたようにだ。
 むしろ何故、アルデアさんが平然としているのか分からないがそれは動いたトレヴァーさんも同じだった。顔をしかめ、眉根を寄せている。

「何だ……?」
「お互い、『解析』持ちじゃないみたいだね」

 不可解な現象にあった、そんな顔をしたトレヴァーさんはすっかり姿が見えなくなったイカルガさんの姿を一瞬だけ捜し、やはり舌打ちした。

「アレクシアさん、今の……」
「軍人の方、良いギフト持ってるわね。多分あれ、あたしが持ってない風系統のギフトだわ。それも、あんな重い廃棄物をはじき飛ばせる程のね」
「私、旅人専門なんで分からないです」
「コハクがいれば、あれが何なのか分かったのに、残念ね」
「でもアレクシアさん、コハクさんとあまり相性良くないですよね」
「あんたを危険に巻き込む要注意人物だと思われてるから仕方ないわ」

 それは日頃の行いというものでは。
 ははは、という軽やかな笑い声。視線を戻すとやはりケロッとした顔で突っ立っているアルデアさんが視界に入った。ギフトが効かないのだろうか。

「パルキート!危ないから下がってた方が良いんじゃない?」
「ええ?ですが……」
「ようはトレヴァーに僕達の事を諦めさせればいいんだよ。まともに戦ったって、こんな化け物共には勝てないからね!」

 名案、と言いたげだが大変卑怯な手である。パルキートと呼ばれた構成員もまた、半眼でもの申したげな顔をしている。

「あー、クソ、面倒な技能もってるな……」

 トレヴァーさんが廃棄物を指さす。それがふわりと緩やかに浮かび上がった、と思えば勢いよくアルデアさんに向かってそれが飛来した。

「――あー、成る程。擦り抜けてるわけね、はいはい。犯罪者だからあまり関係無いけど、お前も保護対象のギフトを持ってんのか」
「そういうこと。僕に傷一つ負わせる事は出来ないんだから、さっさと帰りなよ」

 トレヴァーさんが無言で腕を振るう。

「わっ!?」

 それは大変運が悪い事に、私達が潜伏していたゴミ山を跳ね飛ばした。アレクシアさんに襟首を掴まれ、生き埋めを回避する。

「危ないわね……何なのよ、全く」
「何なのよ、じゃないでしょ。どこから来たんだ……?」

 目を白黒させるトレヴァーさんとは違い、アルデアさんはまるで親しい友人に会ったように手を振った。

「あー、ミソラちゃーん!なになに?僕の事、助けに来てくれたの?」
「いえ、普通に野次馬です」
「またまたぁ!そんな事言って!」

 そんな仲良しじゃなかったはずだ、彼とは。
 それにしてもマズイ展開になった。このまま、家に帰りますと言って退散できるとは到底思えない。それに、軍人と殺人ファミリーの前でこれ見よがしに技能を使うのも大変危険だ。

「もういいから、早くどこかに避難しなよ、一般人。国内の人間に手を出したら、余計に機械の国と仲が悪くなるでしょ」

 シッシ、と手を振るトレヴァーさんだったが、アルデアさんが唇を尖らせて「待ってよ」、と引き留める。

「行くわよミソラ。野次馬するとは言ったけど、事件に首を突っ込むつもりは無いわ」