第7話

03.


「長話をしたね。じゃあ、こっちは母を逃がすのが先決だから。革命軍は――」
「聞いていなかったのかしら。あたし達はギルドに所属しているの。騒ぎの渦中にいるあんた達と手を組む事はあり得ない。二度とその投げやりな勧誘をミソラにしないでくれる?」
「あなたには言ってないんだけどな」

 楽観的なアレクシアさんが嫌悪を隠しもしないこの状況。それだけで空恐ろしい何かを覚え、クリスさんと彼女を交互に見やるも事態は好転したりなどしなかった。
 暫く睨み合った末、クリスさんがアレクシアさんに背を向ける。そのままアラーナさんの家へ戻って行くかと思ったが、彼は一度だけこちらを振り返った。

「こちらは今、雪の国に潜伏しているんだ。まあ、考えてみておくれ」
「ちょっと!」

 ははは、と笑いながらクリスさんは今度こそ家の中へ消えて行った。残されるのは刺々しい空気を放つアレクシアさんと私だけだ。

「ミソラ、アイツと会ったのは初めて?」
「はい、初めてあんな人と会いました」
「……怒られるのを覚悟で、コハクに報告するべきね。奴がどう思ったのかを断定する事は出来ないけれど、あんた少なからず革命軍に目を着けられたわよ」
「ですよねー。ど、どうしましょうか……」

 運送屋さん、と中からアラーナさんが覚束無い足取りで出て来る。彼女はあまり足が良く無いらしいのだが、慌てて私はその手を取った。しかし、その手には煮干しが大量に入った透明な袋を持っている。

「わざわざ私の事を心配して見に来てくれたんだろう?ほら、お土産。そっちの子と一緒に食べるんだよ」
「あ、有り難うございます、アラーナさん……!」

 やや警戒を滲ませたアレクシアさんもまた、無言で頭を軽く下げる。うんうん、と頷いたアラーナさんは手を振りながら家の中へ戻って行った。

「――それ、何?ミソラ」
「煮干しですね。あ、1本食べますか?」
「……食べる」

 煮干しを囓りながら、アレクシアさんは一つ溜息を吐いて踵を返す。

「アレクシアさん、今からどうしますか?」
「どうもこうも、取り敢えず本来の目的である野次馬しに行くけど……。場所はどの辺かしら、見づらいわね」

 廃棄物の山でダストターミナルは決して平坦ではない。どころか、物がうずたかく積まれている場所もあれば、何故かあまり積まれていない場所もあって見渡しが効かない状況だ。その中から人の団体を捜すのは少し難しいか。

「私の技能でひとっ飛び、とか?」
「あんた、争ってる連中の目の前に移動したらどうするのよ」
「え、えー……そうならないように、ちゃんと設定して移動しますって!だって、ダストターミナルがどのくらい広いと思ってるんですか?」
「まあ、確かにそうだけれど……。ちょっと、煮干し何本目よ、あたしにも渡しなさい」

 煮干しの袋を傾けながら、オルニス・ファミリーのアルデアさんを思い浮かべる。優男、というイメージがあったが意外にも彼の顔は鮮明に脳内に残っていた。そういえば、イカルガさんやレイヴンさんには全く会わないが、アルデアさんにはよく会うな。というか、行く先に割といる。
 煮干しを食べる速度が加速したアレクシアさんが伸ばした手を取る。場所はアルデアさんの近くだけど、目に付かない場所。これで移動出来なければ、残念な事に徒歩になる。

「あ!ちょっと――」

 ***

 視界が揺らぎ、次に目を開けた時に広がっていたのはゴミ山だった。というか、山に囲まれたくぼみみたいな場所だ。隠蔽性は完璧。ただし、オルニス・ファミリーと連合軍の人間とやらは――

「あー、お前達さあ、非加盟国に逃亡すんの、そろそろ止めてくんないかな。追う方の身にもなれって」
「いやいや!僕達に軍の連中を敵に回す力は無いからさあ、そりゃ、目に付かない所にお引っ越しするでしょ!」

 少し遠くから聞こえて来た声はどちらも聞き覚えのある声だった。片方はアルデアさんで間違い無い。ただ、もう一人は――

「ミソラ、ここから様子が見えるわよ」

 ゴミ山を掻き分け、少年のように無邪気な顔でアレクシアさんがそう言った。みれば、四角い箱のような廃棄物を転がした後に小さな空洞がある。廃棄物が上手い具合に作用して、そこだけ謎のスベースが出来たのだろう。

「それは良いですけど、片方はアルデアさんの声ですね。もう一人も聞き覚えがあるような、無いような」
「ハッキリしないわね。覗いてみなさいよ。顔見れば思い出すんじゃない?」
「それもそうですね」

 何となくそっと空洞を覗いてみる。
 やはり片方はアルデアさんだ。隣にイカルガさんと、後知らない人物が一人。仲間だろうか。そんな彼等に対峙している人物もまた、顔を見ればすぐに誰だか分かった。
 以前会った時はグラン・シードだったはずだ。気怠そうではあるが、職務は全うする系の軍人。名前は確か――

「あれ、トレヴァーさんだ……!」

 言葉にすれば忘れていた恐怖を思い出す。そうだ、彼には変なギフト技能を持っているんじゃないのか、という最早確信に近い疑いを懸けられているんだった。会ったら即アウトな気がしてならない。