第7話

02.


 ***

 アラーナの自宅付近に着地。この辺りに被害は及んでいないのか、不気味なくらいに静まり返っている。

「一つ確認しておきたいんだけど」

 不意にアレクシアさんに肩を掴まれて踏鞴を踏む。意外にも真剣な顔で、彼女はひっそりと訊ねた。

「その、アラーナさんとやらはあんたの技能を他言したりするような人じゃないわよね?野次馬行こうとか言っておいてあれだけど、あんたの保護者は今、あたしなんだから。ちゃんと確認が取れない所には連れて行けないわ」
「だ、大丈夫ですよ。アラーナさんはそんな事する人じゃ……それに、私の心の祖母みたいな方なんですって!」
「――あんまり信用ならない言葉だけど、分かったわ。そう思っておく事にする」

 アレクシアさんの手が肩から離れて行ったのを確認し、アラーナさん宅の立て付けが悪いドアを静かにノックする。中から物音がするので、彼女がいるのは確かだろう。不在を襲う空き巣などで無ければ。
 ややあって、勢いよくそのドアが開け放たれる。
 あれ、と疑問に思うより早くアラーナさんどころか性別すら違う男性が姿を現した。私自身も驚いた顔をしていただろうが、彼もまた怪訝そうな驚いたような顔をし、暫し見つめ合う。互いに予想外だったが故の行動だ。

「――君、誰かな?軍人じゃ無さそうだけど……まさか、オルニス?」
「えっ!?いやいや、違いますよ!わ、私はしがないギルドの人間です!」
「……怪しいなあ、何でここに?騒ぎを知らないのかい?」
「そっちこそどちら様ですか?まさか、空き巣?」

 睨み合う事数秒、ちょっと、と遠巻きにこちらの様子を見ていたアレクシアさんが割って入った。

「ミソラ、彼は何?あんたの知り合いじゃなさそうだけど」
「全然知らない人です!というか、アラーナさんの不在を襲う空き巣の可能性が高いと思います!」
「空き巣じゃない。というか、母さんに何の用だ」

 ――んん?母さん……?
 コイツもしや、実の母親をダストターミナルに放置した挙げ句、連絡すら寄越さず元の住所から勝手に引っ越した息子さんか。

「何の用も何も、ダストターミナルで騒動が起きているから、救助に来たんですけど」
「はあ?軍の人間かな、君は」
「ち、違いますよ。サークリスギルドのギルメンですって。普段は運送屋をやってます」
「……知らないなあ」

 知名度は高くないだろうなと思っていたが、実際にあっさりと機械の国内で知らないと言われると来るものがある。

「それより、ミソラ。ここで押し問答している訳にもいかないわ。彼、アラーナさんとやらの血縁者でしょ?もう彼に任せて、あたし達も撤退した方が良いんじゃないの?」
「でも――」

「――運送屋さん?運送屋さんのお嬢さんかい?」

 久しぶりに聞く優しそうな声音。私は弾かれたようにドアの向こう側へ視線を向けた。よたよたと歩いて来るのは最後に見た時と何も変わっていない、アラーナさんの姿である。
 怪訝そうな顔をした息子さんが、アラーナさんの方を振り返る。

「知り合い?彼女」
「そうだよ、あんたにねぇ、漬物とお野菜を届けてくれるって言った子だよ。ほら、話しただろ、運送屋」
「話したけどさ、悪質な運送詐欺業者かと思ってたよ。だって、ここからグラン・シードまでどれだけ距離があると思って……」

 ――嫌な流れだ。アラーナさんはあまり深く距離関係を追求しなかったが、この神経質そうな息子さんは当然の如く違ったらしい。

「いや、今はそれはいいや。で、運送屋さん。うちの母に何の用だい?見ての通り、避難で立て込んでいるんだ」
「こら、クリス!」
「落ち着いてください、アラーナさん」

 アラーナさんの救援に来たつもりだったが、どうやら流石に息子の方が母を助けに来たらしい。何を今更、と思わない事も無いが家庭事情に首を突っ込むのは良く無いだろう。

「私、アラーナさんが心配で、ギルドにでも避難させようと思ったんですけど……何だか必要なかったみたいですね。えーと、手は――」
「手は貸せないわ。あたし達には別の用事もあるし、そちらは救援が足りているのよね?邪魔をして悪かったわ、それじゃあ」

 強引にアレクシアさんから話をぶつ切られた。抗議の視線を送るも、彼女は爛々と輝く瞳をアラーナさん――ではなく、息子のクリスさんへ向けている。
 そんなアレクシアさんの態度に、クリスさんも思う所があったのだろうか。渋い顔をした彼は首を縦に振った。

「何だか話が読めて来たな……あなたではなく、運送屋の方。君も変わったギフトを持っているのかな。まあ、こっちもそういう人を保護する名目で存在しているわけだし、突かないでおこうかな」
「……?」
「世界を憂う気持ちが君にもあるのなら、『革命軍』の門は広いよ。いつでもおいで、自分の居場所を守る為にもね」

 ギョッとして数歩後退る。そうか、彼は『革命軍』メンバーか。目に見える連合軍の宿敵にして、素人の集団でもある。一つの国が大勢に迎合する事を嫌がる集団だ。
 しかし、ギルド暮らしの身としては軍と名の付く双方は地雷でしかない。彼等の存在そのものが、ギルドの存続を揺るがす大きな石だからだ。関わりたく無い、それがひっそりと生きるギルメンの心境である。