01.
それは金曜日の出来事だった。休みだった私は昼頃に顔を出したのだが、何だかギルドが騒がしい。というか、人が多すぎる。首を傾げていると丸テーブルの一つに腰掛けていたアレクシアさんに手招きされた。
一緒にエーベルハルトさんもいるが、ラルフさんの姿は見当たらない。
「こんにちは!これ、何の騒ぎなんですか?」
「うーっす。これねぇ、久しぶりに大事件の予感がするわ。あたし達は結構前からここにいるんだけど、何でもダストターミナルで軍とオルニス・ファミリーが交戦中らしいわよ。ついに連合軍も機械の国にまで足を伸ばして来たって事ね」
最近、めっきり姿を見掛けなかったオルニス・ファミリーの面々。主にアルデアさんやイカルガさん達の事だが、そんな事件に巻き込まれていたのか。確かに会う度に危険な人感出てたし、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
「今、どんな感じなんですか。というか、何でみんなここに集まってるんです?」
「いやあ、サークリスにまで来たら、全力で応戦する為なんじゃない?何となく外に出るのが恐いのよ、みんなね。冤罪とは言え脛に傷のある奴も一杯いるし」
しかし、とエーベルハルトさんは愉快そうに唇を歪めた。相変わらずの戦闘狂っぷりに最近では耐性すら着いて来た。
「ダストターミナルへの被害は甚大なようですね。どんなギフト技能を積んでいるのか……」
「感心してる場合じゃないでしょ。そういうわけだからミソラ、今日の依頼は止めた方が良いわ。あんたが行って帰って来た時に、誰もギルドにいなかったら悲しいでしょ」
「悲しいっていうか、凄く恐い話するの止めて貰えません?」
今日は仕事にならない、瞬間的にそう悟った私はエーベルハルトさんの向かいの席に腰を下ろした。この興奮冷めやらぬ空気に当てられてか、家に帰る気分では無いし、本当に軍がギルドを取締に来た時、私だけ家に帰っていましたじゃ収まりが付かない。
「――やっぱり、軍人がここまで来たら、サークリスギルドは取りつぶしになっちゃうんですかね……」
「何の為に我々が水嶺迷宮にまで行ったと思っているんですか。余程の違反行為でいちゃもんを付けられない限りは、恐らく素通りしてくれますよ」
「あ、そういえば忘れてました。迷宮の衝撃は私には強すぎましたし、そりゃ当初の目的なんて頭から抜けるわ……」
調査報告書もしかし、余程の違反行為とやらの前では霞むらしい。そりゃそうだ、連合軍なんていつだって国を取り込む準備をしているような集団である。
――あれ、だとしたら私の技能、見つかったら即アウトなんじゃないのか?
的中する予感。それに一瞬だけ手が止まる。冷え切った頭に、周囲のザワザワとした小声の噂話が届く。
「ダストターミナル、地形が変わるくらい奴等暴れてるみたいだな」
「や、地形も何もあそこゴミ山じゃん。ゴミ山が崩れただけだろ、大袈裟な」
「まあそうとも言うけどさ、あそこ、人が住んでんじゃん?嫌だろな、超人共に良い遊び場にされちゃって」
「あー、住んでる住んでる。うちの国はまず、あの家無き人々にアパートなり何なり貸し出すのが先だろ。ホントひでぇな」
「――あ」
不意に飛び込んで来た噂話のせいで、今多分思い出してはいけない事を思い出した。
あの老婆。グラン・シードに住んでいる息子へ食糧を届けて欲しいと依頼してきた、アラーナさんは確かダストターミナル住みじゃなかっただろうか。
しかし、助けに行くにしても、確実にアラーナさんに技能がバレる。彼女はそういう人間ではないと信じたいが、万が一にでも連合軍にタレコミされたら私の人生は終わってしまうだろう。そもそも、軍人と殺人犯が戦闘を繰り広げている戦場に行って技能がバレれば、それこそ全てが終わる。
「ねぇ、ミソラ。ミソラ?ちょっと訊いてる?」
「あ、いや……。え、何ですか?今考え事してるんで、手短にお願いします」
「何よその図々しいお願いは……。いやだから、ちょっと野次馬しに行かない?ダストターミナルへ」
「はい?この面子でですか?」
俺は参加しませんよ、とエーベルハルトさんが緩く首を振る。
「先程からずっとコハクさんに監視されていまして。俺が身体を張って彼女を止めている間に出掛けた方が良いと思います」
「え、いや、行くなんでまだ一言も――」
「エーベルハルトはダストターミナルが嫌いなのよ。悪いわね、ミソラ。あと、今日はラルフも休みでいないわ。ごめんなさいね」
強引に連れて行く気満々である。そりゃそうだろう。ダストターミナルへ行く為には汽車に乗らなければならず、金も掛かるし時間も掛かる。私という無料で最速の乗り物があるのに、それを捨て置いて汽車に乗るなどという考えが彼女にあるはずもない。
――しかし、一人で行くよりアレクシアさんと行った方が建設的だろう。
「分かりました、一緒に行きます。でも、先に人の所に寄って良いですか?ダストターミナルに住んでて、今とっても心配してたんです」
「え?あんた、ダストターミナルに友達でもいたの?シェアハウスでもすればいいし、ギルドも紹介すれば良いのに……」
「友達じゃないんです。ただ、心配っていうか――そう、心のお婆ちゃんみたいな」
アレクシアさんから大変訝しそうな顔をされたが、見えないふり。
一応人避けを念じ、アラーナさん宅の付近に出られるよう目を閉じた。