05.
――が、当然ながらそう簡単に引き返す事など出来なかった。
「待ってよ、ミソラちゃーん」
「緊張感無く動くんじゃねぇよ!」
私を捕まえようと伸びて来たアルデアさんの手はしかし、トレヴァーさんが投げた廃棄物すら擦り抜け、そして私の肩をも擦り抜けた。透明人間なのか、コイツは。
「ボス!そんなの放っておいて、逃げようぜ!」
「冗談でしょパルキート。普通に逃げたって、逃がしてくれるわけ無いじゃん!」
目と鼻の先にまで迫ったアルデアさんに向けてアレクシアさんが火を放った。しかし、やはりそれは彼を擦り抜け、関係の無いゴミ山を爆破する。
「攻略法が分かんないわね……。一人でも《分析》持ちがいればどうにかなったかもしれないのに……」
「こ、コハクさんを呼びますか?」
「あんた馬鹿じゃないの!?どうやってギルドまで戻るのよ、それにコハクなんて連れてきたら奴にあたし達が八つ裂きよ!」
「確かに……」
ただでさえ、今回は勝手な行動を取っている。コハクさんをこの場に呼ぼうものなら、何が起きるか分かったものではない。
パルキートさんとやらが、攻めあぐねているトレヴァーさんに向かって、どこから取り出したのかナイフを振りかざした。それをあっさりと躱したトレヴァーさんが苛々と舌打ちする。
「はい、ミソラちゃん捕まえた。ねぇねぇ、君さ、ファミリーに入らない?君なら絶対に活躍出来ると思うんだけどな!」
「お断りします!」
冷えた手が私の腕を掴んでいる。
――掴んでいる?
「この!」
咄嗟に足を突き出した。それは確かな手応えを伴って返って来た。思いの外良い所に入ったらしく、ぐっ、とアルデアさんが呻き声を漏らす。パッと手が離れて行った。
よくやった、と何故かトレヴァーさんに褒め称えられる。
「成る程ね。お前が誰かに干渉している時は、お前自身も誰かに干渉されるって原理だったか。俺みたいに中距離相手は辛いわけだな、こりゃ」
「だから何だよ」
そんなアルデアさんのふて腐れたような言葉に応えるように、それまで距離を取って戦っていたトレヴァーさんがぐっと間合いを詰める。手を伸ばせば届く距離だ。
微かに顔をしかめたアルデアさんが跳ねるように後退する。
「――忘れてるみたいだけど、2対1だよ?」
「分かってるさ」
殴り合い、というか一方的に拳を繰り出しては擦り抜けられていたトレヴァーさんの背後からパルキートさんが躍りかかる。
――しかし、その光景の顛末を見る事は叶わなかった。
パルキートさんを見るや否や、こちらへアルデアさんが走り寄って来たのだ。慌ててアレクシアさんが立ちはだかるも、それを軽々と地面に転がす。何か格闘術でも囓っているとしか思えない、それは滑らかないなし技だった。
咄嗟の事で判断が追い付かないまま、気付けばアルデアさんの腕が首に絡みついていた。
「はい注目!言うまでもないけど、人質だから!一般人のね!」
首筋にひやりとした物が押し当てられる。恐る恐る視線を降ろしてみると、鈍く輝くナイフの刃が見えた。
「ひっ……!?」
「あ、危ないから動いちゃ駄目だよ、ミソラちゃん」
――その危ない状況を作り出してるのはお前だ!
その様子を見たトレヴァーさんがとてつもなく面倒臭そうな顔をする。なお、懸命にもトレヴァーさんへ飛び掛かったパルキートさんは、地面に突っ伏している。呻き声を上げているので、まだ生きているようだ。
「お前、自分から的になる為に人質なんざ取ったのか」
「んー、もうバレバレみたいだから自分で種明かしするけどさ、僕のギフト《相互不干渉》は僕がピッタリ誰かに触れていないと無効にならないからね?微妙に浮かしてるこの手、見える?お前が攻撃してきたら、粉々になるのはミソラちゃんだけだよーん」
「ホント腹立つな……仲間に勧誘してたんじゃないのか」
「ボスありきの組織でしょ?僕がいなくなったら、ファミリーが運営出来ないじゃないか。あ、言っておくけど、殺す時は一瞬だよ。ここまで持って来たら」
「だろうな」
困ったな、と言うトレヴァーさんはあまり困っているように見えない。
「――で、要求は?」
「僕達を逃がしてよ!勿論、見逃してくれるのならミソラちゃんは開放するよ、残念だけどね」
「俺に手ぶらで帰れっていうのか?虫が良すぎるぞ」
「そうだなあ、じゃあ、パルキートを付けてあげよう!それなら土産もあるし丁度良いね!」
地面に倒れたままのパルキートさんが悲鳴のような声を上げる。当然だ。
はあ、と溜息を吐いたトレヴァーさんが屈み込むと同時、首回りの圧迫感が消える。勢いよく振り返ると、そこにアルデアさんの姿は無く、代わりに蹲ったままのアレクシアさんと目が合った。
「ミソラ、帰るわよ!」
気怠そうに立ち上がるアレクシアさんの腕を掴み、ギルドをイメージ。彼女の体調がとても悪そうなのが気になるが、一応トレヴァーさんの方を確認する。彼はパルキートさんとやらの隣に屈んだままで――
視界がブレる、その瞬間。確かにトレヴァーさんと目が合った。