第6話

05.


 視界が揺らぐ。
 今までの景色が消え失せ、代わりに石でも呑み込んだような私の視界にラルフさんの少し驚いたような顔が写った。

「ああ、何だお前達か。フロアのギミックでも発動したのかと思ったぞ。……元気が無いな?」

 気分の沈み方は私が一番顕著だろうが、ラルフさんに言わせれば皆が皆、元気が無いらしい。何と答えるべきが迷っていると、アレクシアさんが肩を竦めて事の概要を説明した。

「隠し部屋を見つけたのよ。とは言っても、壁にあったスイッチを押したら壁だった部分が動いて、部屋が出て来ただけだけれど」
「成る程、そちらも収穫があったようだな」
「ちなみに、部屋の中は人間冷凍庫になっていたわ。カニバリズムの気があるのか、またはそういう芸術嗜好があるかのどちらかね」

 離れていても分かるくらいにラルフさんが顔をしかめた。へぇ、とエーベルハルトさんだけが呑気に相槌を打つ。

「遺体の持ち出しは不可能でしょうね。『バリア』は珍しい技能ではありませんが、それでも万人が持っているというわけでもありません。このフロアは『バリア』必須――連合軍の人間に、その遺体を運び出せる程の技能持ちがいるかも分かりませんし」
「無理ね。運び出せる程の数じゃないもの。たくさんあったわよ。それに、わざわざ部屋を隠す体を繕っているのだから、持ち出しは管理人が許さないでしょ」
「或いは――そうですね、ミソラさんなら数十回往復で運び出せるのでは?」

 ちょっと、とイザークさんが溜息混じりに口を挟んだ。

「それは無理ですよ、師匠。ミソラ自身は貧弱が過ぎる上、彼女のメンタルでは遺体を全て運び出す前に卒倒してしまいます」
「それもそうか」

 ところで、とラルフさんが吹雪で見えない先を指さす。

「俺達の方は階段を見つけた。隠し部屋という収穫もあった事だし、階段の位置も分かったからもう戻っても良いが――どうする?下りてみるか?」
「覗いてみようかしら、まだ誰も行った事が無い地下3階を」

 アレクシアさんの一声で行き先が決まったらしく、一つ頷いたラルフさんが先頭を歩き出す。その後に私達が続き、自然な流れでエーベルハルトさんが一番後ろ。そういえば、彼はいつだって最後尾にいる。今思えば騎士の習性のようなものだったのかもしれない。
 階段、というのは悪意的に隠されていた。床にドアがあるのだ。上に押し開くタイプの。ちなみに上のフロアにはそんな意地悪設計は無く、むしろフロアに見合う手摺りまで付いていた。
 イザークさんが盛大に顔をしかめる。

「これ、よく見つけましたね」
「ラルフさんがドアノブに足を引っ掛けて転んだからな。奇跡的に見つかった」

 答えるエーベルハルトさんはクツクツと笑っている。余程面白い光景だったらしい。

「けれど、これで地下2階で足踏みする理由が分かったわね。それにしても、よく降り積もり雪で部屋が一杯にならないものだわ」
「考えるな、感じろ――迷宮のルールだ。今更、自然界の法則に文句を言っても何もならないぞ」
「雪で階段が埋まらないように、ドアを着けてたんじゃないですか?」
「恐らく、それもあるだろうが――どうだろうな。隠し部屋の存在といい、隠蔽が好きな管理人らしい」

 開いたままの階段ドア。階段にはうっすらと雪が積もりつつある。

「先に行ってください。俺が最後にこのドアを閉めて来ますから」

 重そうなドアの開閉を請け負ったエーベルハルトさんに促され、私も階段を下りる。恐ろしい程に無音。

「ちょ、え?何よこれ!」

 アレクシアさんの悲鳴のような声で我に返った。
 階段ばかりに気を取られていたが、前を見ると階段はおろか、床も無い事に気付く。ふわり、と温い風が頬を撫でた。まるで外にいるような外気に当てられ瞠目する。
 広がる青空――否、私達を包み込むような青空はいっそ目に痛い程だ。
 このフロア、空の上にあるのか。下へ下へ下りて行ったはずだが、何故いきなり上空にフロアが移動した?それとも、外であると錯覚しているだけで、実は全面青空の壁紙を貼ったフロアなのか?
 様々な想像が脳裏を過ぎり、そして消えて行く。
 難しい顔をしたラルフさんがこちらを振り返った。

「見ての通りだ。この先へは進めそうもない。錯覚の、幻覚の類である可能性も勿論あるが試すにはリスクが高すぎるな。何せ、このフロアが本当に空の上である事も否定出来ない」

 フロア全体を見つめてみる。
 ここで一番安全に、ここが『どこ』であるのかを確かめられるのは恐らく私だけだ。

「あの、私、行ってみましょうか?あの1階から流れてる液体は、ここも流れてるんですよね?そこまで歩いて行ってみます」
「だが……」
「空中歩行持ってますし、最悪、ちゃんと機能しなければ移動してここまで戻って来ます」

 止めた方が良いと思うけど、とそう言ったのはイザークさんだった。

「あの幽霊屋敷でもそうだったけど、技能が使えない事があるって証明されたでしょ。ここもそうだったら――ああ、一緒に行ってあげようか?」
「前後の文脈繋がってないんだけど……」
「よく考えてみたけど、このフロアの攻略法が無いのなら、管理人にも管理出来ない空間って事になる。そんなのは辻褄が合わないだろ」
「――管理人が人間とは限らないんじゃ……」
「ねぇ、折角励ましてるのに君はどうして欲しいわけ?本当は行きたくないの?」

 いやいや、来た以上、役に立てる場面では役に立ちたい。そうでなければ如何に強引に誘われたとはいえ、来た意味がなくなる。