05.
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フェリアスさんの依頼、1つ目。
機械の国、郊外の森林でハンティングベアの討伐。なお、ハンティングベアと言うのは名前の通り、狩りを得意とする巨大な熊だ。毛の色は地域によって異なるが、暑くも寒くも無い機械の国では一般的に茶色の毛に覆われている。
そんなハンティングベアだが、とにかく力が強い。どのくらい強いかと言うと、丸太を抱きついただけで粉砕出来てしまう程だ。知能も高く、人の言葉を理解するので人間とも仲良くなれる可能性を持っているが、スキンシップでうっかり人を殺してしまう恐ろしい熊なので止めた方が無難だろう。
「――ハンティングベアなんて、騎士時代に腐る程討伐したよ。どうして今更……。君も君で、自分の身くらいは自分で護ってよ」
「そ、そんな冷たい事言わないでよ!下手したら私、ハンティングベアの一家に煮物にされてしまうかもしれないでしょ!?」
「奴等は獲物を煮たり焼いたりしないよ。柔らかい腹だけを食い破る」
「エッグい」
見渡す限り木が立ち並んでいる。とは言っても、機械の国の木々は常に発明の為、伐採され続けているので一般的な森林よりかなり木と木の間隔が遠い。いつかここも砂漠の国のように、砂しかない地帯になってしまうのではないだろうか。
グオオオオ、と早速お出ましになったらしいモンスターの泣き声が木霊する。心底恐ろしいが、イザークさんは怯む様子も無く冷静に「こっちか……」などと呟いていた。そして、当然の如く私を置いて呻り声の方へ歩き出す。
「うわ、待って――」
「ちょっと、静かにして。気付かれるでしょ」
そんな会話をしていた時だった。イザークさんが後ろを走っていた私の足に、自身の足を掛けた。特殊なギフト技能を持っている以外はその辺の少女と変わり無い私は踏ん張る事も出来ずに、地面に転がされる。
それを一瞥する事も無く、イザークさんも素早い動きで身体を伏せた。
メキメキ、メリメリと木が半程からへし折れる嫌な音と鈍い風切り音。茶色の太いモコモコした腕がイザークさんの頭上を通り過ぎて行く様だけが僅かに見えた。
「うわあ……。マジか、これは死んだかも」
「生存を諦めるのが早すぎるでしょ。ほら、ここからが依頼なんだから、仕留めるよ」
――どうやって仕留めろと!?
私に出来る事など精々、ギルドの倉庫から返したばかりのダンベルを再び持ち出す事くらいだ。それに、あの時のスケルトンロードと比べて、ハンティングベアの動きは早すぎる。まずダンベルを落としたって当たらないだろう。
どうすべきか分からず、同じ場所を右往左往しているうちに、イザークさんは大剣を抜いて走って行ってしまった。最近は見なくなった武器だが、その煌めく刃はどこか恐ろしいものがある。
「――ちょっと、突っ立ってないで、何かしなよ!」
「ええー、でも私、イザークさんの足を引っ張るしか出来ない……!」
「使えなさすぎて愕然としたよ」
エーベルハルトさんの時もそう思ったが、とにかく騎士と銘打たれた彼等は敵と対峙している時、ダメージを与えるのではなく、部位を解体しているというイメージが強い。現に、イザークさんはハンティングベアの右フックを華麗に躱し、伸ばされた二の腕に刃を突き立てた。
的確に相手の使える部品を減らしていく。そこには血も涙も無いが、合理性はある。
深々と腕に傷を負ったハンティングベアは低い呻り声を漏らすと、くるりと踵を返した。負傷した右前足を庇いながらイザークさんから逃げるように走って行く。
一瞬だけ反応が遅れたイザークさんは苛立ったように舌打ちした。片足を負傷していようと、森林は動物系モンスターに地の利がある。慌てて追い掛けるイザークさんの足は、残念な事にハンティングベアに追い付きそうもない。
「ちょっと、ミソラ!あれ、連れ戻して来てよ!」
「はい!?う、うーん、了解……」
早々に走るのを諦めたイザークさんが恐い顔でそう言うので、仕方なく技能を発動。指定先を目の前のハンティングベアに設定する。
視界が一瞬にしてブレ、最初に認識したのはモンスターの背だった。茶色の毛皮に覆われた背。むっとする獣の臭いが鼻につく。山の臭いであり、同時に肉食獣特有の血なまぐささだ。
背に手を押し当て、間髪を入れずイザークさんの目の前を想像する。視界が切り替わった瞬間、今度は確かに噎せ返るような血の臭いが鼻孔を突いた。
「まあ、こんなものかな。依頼終了」
どうやら返ったと同時にハンティングベアへその大剣で斬り付けたらしいイザークさんが、血濡れの大剣を片手に引っ提げ、肩を竦めていた。
あまりの早業に言葉を失っていると、イザークさんは私とモンスターを交互に見つめる。
「ふぅん、瞬間移動の技能を使って現れる時、待っている側からはこう見えるのか」
「はあ……。考察中の所悪いけど、失敗したら私がハンティングベアに八つ裂きにされてたよ」
「それがモンスター討伐の醍醐味でしょ。一つの失敗が命取りになる。スリルがあっていいと思わない?」
「そう言う割には依頼へ行くの面倒臭いって言ってたよね?」
「それとこれとは別。こんなモンスター、戦闘が下手クソな連中に任せておけばいいのに」
どうやらイザークさんにとってはハンティングベアは大して強い相手とは認識されていなかったらしい。