第5話

06.


「さて、ギルドへ戻るよ――」

 私の方へ向き直ったイザークさんが剣に着いた血液を払いながら言った言葉だったが、それは不自然な所で途切れた。シン、と静まったせいで何事か気付かなかった私の耳にも、ドスドスという乱暴な足音が届く。
 ぎょっとして振り返ると、今さっき仕留めたハンティングベアより一回りも大きなそれが向かって来ていた。すでに距離は2メートル弱。
 慌てた私は思わず技能を発動、瞬きした時にはギルド内にいた。驚いた顔のラルフさんと目が合う。が、いくらラルフさんと言えど見つめ合っている訳にもいかなかった私は、心を平静に戻し、イザークさんの元へ戻った。

「――それで、言い訳はある?君、やる気も無いよね」

 怒り心頭。
 イザークさんの大剣は現れた二頭目のハンティングベアに突き立てられていた。振り払ったはずの鮮血が、再びその大剣を赤く染めている。
 そんな大剣に寄り掛かったイザークさんの顔は引き攣っていた。

「わ、わー、ごめんね?つい」
「……君さ、本当に戦闘向きじゃないよね。何考えてんの、ギルドマスターは」
「え?さあ……」

 確かにフェリアスさんは何を考えているか分からない、ミステリアスでデリカシーの無い一面を持っている。ただし、あまり疑う気にはなれなかった。と言うのも、やり方はアレだがフェリアスさんのやり方が無駄だった事はほぼ無いからだ。
 だから私は、まるでコハクさんのように訝しむイザークさんにこう言って聞かせた。

「何を考えてるのかは分からないけど、私を連れて戦闘依頼へ行っても大丈夫って確信を持ってたから、こんな事をやらされてるんじゃないかな?」
「何それ、信じられない。こんなのでギフト技能が入手出来るなら、今頃みんなフルスロットで技能持ってるよ」
「いやー、どうかな。普通の人はハンティングベアに挑んだりはしないだろうし……」

 はあ、と盛大な溜息を吐いたイザークさんが剣を引き抜く。それを神経質にチェックし、血を振り払って鞘へ。

「今度こそ戻るよ。こいつ等、つがいだったのかな」
「えー。そんな後味の悪くなるような事言わないでよ!」
「モンスター討伐に後味が悪く無い事なんて無いでしょ、何言ってるの。ほら、戻るよ。早くしてよね」

 イザークさんの腕を片方の手で掴み、もう片方の手でハンティングベアに触れる。本日2度目のゴワゴワとした手触りだ。

 ***

 2戦目、水の国・ウォルタリア。グラン・シードに次ぐ水の国で2番目に大きな街だ。しかし、移動先は街中などではなく、街を大きく外れた廃墟である。
 ちなみに、ギルドへ帰ってハンティングベアについて報告したが技能は獲得出来ていなかった為、2回目の依頼へと洒落込んだ。相棒のイザークさんは最早無言である。

「――で。次は何なの」
「ゴーストナイトの討伐だって」

 盛大な溜息を吐かれた。

「それってさあ、空を飛ぶ奴じゃん。面倒臭いなあ……」
「浮いて逃げるようだったら、私が上空まで運ぶよ。まあ、空中歩行持ってないから、移動した後は自由落下するけどね」
「痒い所に手が届かない感じが凄いね、それ」

 眉間に皺を寄せたイザークさんは意外にも、それ以上の文句は言わず、廃墟内へ侵入する。あの幽霊館ほどでは無いにしろ、モンスターが住み着いているのだから大分年季の入った廃墟なのだろう。
 床には所々染みが出来、天井は今にも落ちて来そうだ。モンスター以前の問題で危険な場所である。

「そういえば、イザークさんはその、ゴーストナイトとかいうモンスターを見た事ある?」
「当たり前でしょ。というか、見たらすぐに分かるよ。奴等は馬に乗ったただのゴーストだからね」

 馬に乗ってるだけでナイトの名を冠せるのか。いつも思うが、モンスターを命名しているのは一体誰なのだろう。絶妙に安直なネーミングセンスは覚えやすくて良いが、格好良さは皆無だ。
 ――と、何故か室内であるにも関わらず馬の蹄の音が聞こえて来る。

「侵入者を攻撃しに来たみたいだね。何て言うんだろう、魔術?とかいうのを使って来るから、離れてても注意した方が良いんじゃない」
「何かイザークさん、最近丸くなったよね」
「僕はずっと変わらないよ。君が慣れてきたんでしょ」

 ――成る程、確かにそうかもしれない。
 程なくして、ゴーストナイトの全容が露わになる。概ねはイザークさんが言った通り、馬に乗ったゴーストだった。ただし、貧相なボロ布を纏っている従来のゴーストとは違い、それは立派な鎧を着込んでいる。
 今更ながら安直なネーミングを再認識させられ、僅かに頭を抱えた。認めたくはないが、この光景を見るだけで何でこのモンスター名に『ナイト』が入っているのかを理解してしまったからだ。

「――何か普通に地面を走ってるように見えるけど、このモンスターって宙に浮くの?」
「浮くよ、ゴーストなんだから」
「あっ、よく見たら、蹄床に着いてない!」

 正確に言うと床から3センチ程浮いている。ああ、これは空飛ぶわと納得した。意識の外で戦いの火蓋が切って落とされたのを感じつつ、どうすべきか思案する。勿論、言い案は浮かびそうにない。