04.
「話は纏まったようだね。じゃ、ミソラとイザークは外に出て。コハクも着いて来てくれ」
え、と顔をしかめたのはイザークさんだった。顔にありありと「僕を巻き込むな」、と描かれてあり恐縮だ。
そんな恐い顔をした騎士を前に、フェリアスさんはさも当然と言わんばかりに言ってのける。そのメンタルの強さは一体どこから発生したのだろうか。
「今までの経験から、ミソラは強い感情でギフト技能を習得するタイプだからね。嫌になるまで、戦闘演習をやろうか。正直、迷宮へは行って貰わないと困るんだ」
「なら僕はいなくても――」
「ミソラは戦闘技能を持っていないよ。君がいないと始まらないだろう?」
反論の術を持たなかったのか、イザークさんに恐い顔で一睨みされた。仕方ないので手を合わせて無音の謝罪をする。
観念したイザークさんは窓の外に視線を移した。
「雨、降ってるのに……」
***
そうして話は冒頭に戻る。
最初は私を前に立たせ、戦闘参加を促していたイザークさんだったが、気付けばフェリアスさんと一騎打ちしていた。最早そこには私への配慮など微塵も無く、ただただ気に入らない相手を叩き潰すという気概さえ感じる程だ。
「ああ、腹立ったんだなあ」
「言っている場合、ミソラ。緊張感が無い」
雨は降り続けているが、コハクさんの持っている技能は少しばかり変わったものだった。水を発生させるギフト技能ではなく、その場にある水を使用する、少しばかり原理が変わったもの。
当然雨水も例外ではなく、降り続ける滴は等しく全てコハクさんの武器だ。水によって形成された刃は私へと向けられている。
「私、後どのくらいで技能を習得出来ますかね。イザークさん、メッチャ怒ってるしそろそろ切り上げたいんですけど」
「まだね。もっと時間が掛かりそう。やっぱりこういうのって無茶」
何考えてるのかな、という溢れた台詞まで聞こえてきた。フェリアスさんと付き合いが一番長いコハクさんでさえ、今起きている事は理解不能らしい。
降りしきる雨は透明な壁に阻まれたように、私に届くこと無く壁を伝って落ちて行く。コハクさんも水を操るギフト技能を持っているようで、地面に接している足以外は濡れていないようだった。
着物の長い袖を翻すように、コハクさんがくるりと舞うように回転する。それは雨水を巻き込み、水の帯のようにも見えて壮観な光景だ――
「ミソラ、だから緊張感が無い」
「え?」
「……駄目ね、こんな方法じゃ。だってミソラ、私が貴方に本当に攻撃するなんて微塵も思ってないもの」
それは確かにある。
というか、分かってしまうのだ。フェリアスさんはともかく、コハクさんは私が怪我をするような事をしてくるはずが無いと。頭ではしっかり応戦しないといけない事は分かっている。私の技能を習得する為に、この雨の中模擬戦闘なんてやってるんだから。
「ちょっと、いいかい?」
陽気な声。我に返ってみれば、ぐったりとしたイザークを伴ったフェリアスさんが片手を緩く振っていた。集合の合図である事は明白なので、コハクさんと一緒に雨の中、ぞろぞろとフェリアスさんの下に集まる。
「考えたのだけど、多分このままやってても成果は上がらないと思うんだ。そこで、依頼をこなして貰おうと思う。私が見繕った、ね」
「……それは僕も同行しなくちゃならないんですか」
「うん、そうだね。ミソラ一人じゃ何も出来ないだろうし、君は不可欠だ」
イザークさんは盛大な溜息を吐いている。ただし、フェリアスさんとやり合って大分体力を消耗したのか、いつもの鋭い眼光は消え失せていた。疲れ切っているのが伺えるが、フェリアスさんに提案を却下する空気は見られない。
「中へ戻ろうか。雨に濡れたままだと風邪を引いてしまうね」
「誰のせいですか、誰の」
イザークさんの憎まれ口はしかし、フェリアスさんの微笑みによって掻き消された。何と言うか、フェリアスさんのメンタルは強すぎる。