第5話

03.


 なおも揉めに揉めるアレクシアさんとラルフさん。ほんの少しだけ横入りして、こっちの話も聞いてくれ、そっち2人で話していないでと言いたいが独特の割り込みづらい雰囲気に言葉を呑み込む。
 その様が愉快だったのかクツクツとエーベルハルトさんが嗤った。爽やかでありながら、どこか動物でも観察するような目だ。

「いいんですか、ミソラさん。あのまま放って置いて。貴方の事をすっかり忘れているようですが……」
「良いも何も……あの空気にどうやって割り込めって言うんですか」
「簡単ですよ。呼べば良いんです、彼女を」

 誰を――
 そう訊くより早く、エーベルハルトさんの視線がカウンターへと向けられた。そこにはいつの間に現れたのかコハクさんが鎮座していて、ラルフさん達を恐い顔で凝視している。
 それを見て、再びエーベルハルトさんは肩を揺らし、声を殺して嗤った。

「ああ、呼ぶまでもなく、もう来てしまいそうですね。お喋りの時間もここまでのようだ」
「……何でコハクさんが?」
「彼女はギルドマスターから君の身の安全を護るよう指示されています。それが、迷宮へ行くなんて話題を認可するはずがないでしょう?」

 成る程確かにコハクさんは私に対して酷く過保護だ。本来のコハクというキャラクターからは想像も付かない程に。だが、彼女にとって絶対の存在であるフェリアスさんからの頼み、もとい命令なら聞かないはずがない。つまりはそういう事である。
 色々と萎える事実を噛み締めつつ、カウンターから立ち上がり憮然とアレクシアさんに詰め寄るコハクさんを見つめる。

「貴方達、いつまでそこで駄弁っているの?ミソラを迷宮になんてやれるわけないでしょう?そもそもミソラが迷宮で使用出来るギフト技能は『バリア』一点のみ。『空中歩行』も習得していないし――」
「えっ、次習得、歩行技能!?やだミソラ、アンタ本当に使えるわね!」

 要らない事を言った、とコハクさんが珍しく舌打ちまで漏らした。対して、コハクさんの汚い悪態をものともしないアレクシアさんは「アンタなら出来ると思ってたわ!」、と謎の褒め言葉を口にしている。

「ちょっと、アレクシア――」

 失言を漏らしたコハクさんがなおもアレクシアさんを糾弾しようとしたところで、第三者――今までその場にいなかったはずのフェリアスさんがふらっと現れた。彼は神出鬼没なので、ギルド内であればいつ出て来てもおかしくない、一種の妖怪のような人だがタイミングが良すぎる。
 そんなギルドマスターは当然のようにギルドメンバーの喧嘩をというか、言い争いの仲裁に入った。疑問の声を差し込む暇も無い程、実に自然にだ。

「今度は何を揉めてるんだ」
「フェリアス、アレクシアがミソラを迷宮へ連れて行くと言ってきかないの」
「あっ!でも、ミソラの技能はアタシ達としては助かるし、声を掛けるのは当然でしょ!?」

 水掛論。どちらも自分が正しいという主張を曲げる気は毛頭無いようだ。何か面白かったのか、クスクスと笑い声を溢したフェリアスはそうだ、と手を打った。

「ミソラはまだ『空中歩行』を持っていない。それを期日までに習得出来たら、迷宮へ誘って良い事にしようか。『バリア』だけ持っていても、ミソラがお荷物には変わり無いだろうからね」

 ――いやいやいや、私の意志はどこ行った。
 迷宮へ行きたいなんて一言だって言っていないのに、これではまるで私がアレクシアさんのお誘いで迷宮に興味を持ち、コハクさんに我が儘を言っているようではないか。そんな事は断じて無いし、行かなきゃいけないのならばともかく、迷宮へ行く理由は無い。
 しかし、ここはノリが良いアレクシアさんとフェリアスさんの言葉は絶対主義のコハクさんだ。鶴の一声とはまさにこの事で、ともに異論は無いようだ。

「じゃあ、解決か。ミソラはイザークに事の詳細を伝えて――あ、ほら、丁度ギルドに来た」

 間の悪い事に何も知らないイザークさんが澄まし顔でギルドに入って来た。そして、集まる視線に怪訝な、どこか鬱陶しそうな顔をするまでがセットだ。
 視線の一人に私もいると気付いたのか、眉間に皺を寄せたイザークさんがこちらへ歩み寄って来る。

「何、また何か厄介事?」
「私をそういう風に認識するのは止めて!」
「ああ、おはようございます。エーベルハルトさん」

 師弟が爽やかとは程遠い挨拶を交わしている。それを尻目に、私は何てこの厄介事に名前を付け、マイルドに相方へ伝えるかを思案していた。最悪、面倒臭いから一人で行けと言われるだろうし、そもそも期日までに技能を習得出来るのかも分からない。

「――で、何?」
「いや、あの、私――えーと」
「ハッキリ言いなよ。面倒臭いな」

 本題を切り出す前に面倒臭いという言葉をいただいてしまった。早くも折れそうになる心を持ち直し、要件を伝える。

「えーと、実は期日までに『空中歩行』入手出来たら、何か、アレクシアさん達と迷宮に行かなきゃいけないらしくて」
「は?何でいきなり迷宮に?君って危険な事は嫌いだと思っていたけど、実はマゾなの?」
「いや、行きたい訳じゃ無いんだけど、でも付き合いもあるし――」
「行きたくないのなら、ギフトの習得をしなければいいでしょ。ちょっとは頭を使いなよ」
「た、確かに……!」

 「アタシ達にも筒抜けなんだけど、会話」、というアレクシアさんのぼやき声が聞こえたが聞こえなかった事にした。エーベルハルトさんに至っては肩を振るわせて笑っているのがよく分かる。
 恐る恐るラルフさんの様子を伺ってみた。ドン引きされてたらどうしよう。
 しかし、私の意に反してラルフさんはしきりに小声で「そうした方が良い」、と繰り返していた。彼の優しさはプライスレスである。