第5話

02.


 ――いや待て、ではエーベルハルトさんの後輩らしいイザークさんも、まさか元・騎士なのではないだろうか。
 ふと過ぎった不吉な予感。訊かない方が賢明だと分かっているのに、言葉にして確認しなければ納得出来ないのは人間の性である。

「エーベルハルトさん、じゃあ、イザークさんも……?」
「ええ。イザークは俺の後輩ですから、当然騎士ですよ。まだぺーぺーですけど、戦闘の腕だけは確かです」
「な、成る程。下手な事を言ったらイザークさんに捻り殺される可能性がある、と」
「イザークに限らず、ミソラさんみたいに脆弱な人物は捻り殺すのくらい簡単にやってのける人は結構いると思いますよ」

 尤もな言葉であるが、気持ちの問題なのでそこにはあまり触れないで欲しい。ミソラさん、とエーベルハルトさんが何となく信用出来ない、愛想笑いのようなものを顔に浮かべた。

「大丈夫ですよ、あの態度でフォローもへったくれもありませんが、イザークは弱者を肉体的にいたぶるような事はしません」
「何にも大丈夫じゃないんですけど。それって、肉体的には何もしないけど、精神的には何かするって事じゃないですか。流石にその言葉遊びには引っ掛かりませんよ」

 それはいいんだけどさぁ、と話題に飽きたらしいアレクシアさんがだれたように話を切った。

「ミソラ、あんた、迷宮へ行った事はある?」
「あ、ありませんよ!そんな危険な所、行く訳じゃ無いじゃないですか!」

 ――迷宮。
 現在、3つの入り口が確認されている、そのままの意味での『迷宮』だ。地下へと下っていく迷宮が2つ、空へと上っていく迷宮が1つ。正体不明のモンスターが蔓延っている他、床がないフロアなどが存在するらしく、探索には歩行スキルが必須となっている。なお、第1級危険地帯に指定されており、余程の事が無い限り人が近付かないし、連合が管理すべきか一国が管理すべきかで今を以てなお議論が続いているシークレットゾーンだ。
 当然、そんな重要にして危険な場所に私が行った事など一切無い。モンスターに対抗する手段が無いし、普通に危険なので身の安全の観点からして行きたくない。

「――え、それで、その迷宮がどうかしたんですか?」
「一緒に行かない?あんた、歩行系スキル一杯持ってるんでしょ?危なくなったら『瞬間移動』で帰れば言い訳だし」
「こら、アレクシア」

 それまで黙って話に耳を傾けていたラルフさんが顔をしかめてアレクシアさんを窘めた。足を組んで雑誌のページを捲っていた手はすっかり止まっている。

「そんな危険な場所に、ミソラを連れて行く事は出来ない。最近、随分と普通の依頼を受けているから忘れられがちだが、ミソラの本職は運送業だ。我々の都合で危険な仕事に連れて行くのはお門違いというものだろう」
「頭硬いわね、ラルフ。いい!?あたし達の目的はサークリスギルドの、ひいては機械の国の発展にも関わるわけ。ミソラが案外自衛出来ているのは、この間のスケルトンロードで分かったでしょ?情報を持ち帰る為にも、ミソラに声を掛けるのは必然だわ」
「体の良い言葉で話を逸らすんじゃない。機械の国以前に、俺達がやるべき事はギルドへの貢献だ。報酬を貰っている以上、依頼を遂行する。それ以上でもそれ以下でもない。ミソラの運送業はギルドの柱なのだから、それを俺達の依頼で損失する事があっていいわけがないだろう?」

 ――この議論、驚くべき事に当事者である私の意見は完全にそっちのけである。よくここまで本人の意志を省いた熱い議論を繰り広げられるものだ。

「取り敢えず、訊きたいんですけど何で迷宮へ行く事がギルドへの貢献になるんですか?」
「ギルド運営に当たって、連合軍に目を着けられないようある程度の交渉をしなければならない。迷宮の資料を提出すれば、問題を起こさない限り向こう2年程度は軍と衝突する事も無くなる」
「あー、そういう……」
「まあ、オルニス・ファミリーの件もあるから仕方ないわね。犯罪組織を軍が見逃すとも思えないし、そうなってくると軍人が機械の国を勝手に出入りする事になるわ。その辺を考慮して、ギルドマスターが先手を打ったんでしょ」

 思ったより深い事情があったようだ。仕方ないと言えば仕方ないが、それで命を落とすのは遠慮したい。
 そもそも、正体不明モンスターが跋扈し、年間それなりの数の行方不明者を叩き出す迷宮に私なぞが行って、果たして役に立つのか。役に立たないならまだしも、むしろ足を引っ張る未来しか見えない。正気だろうかアレクシアさん。
 しかし、エーベルハルトさんの言葉により状況がストンと呑み込めた。

「まあ、迷宮へ行くのにはバリア持ち必須ですからね。俺だけ持っていても、他2人をカバー出来ませんし、何より強そうな敵なんて出て来ると護衛先が頭から抜けるでしょうからね。バリア運送が1人欲しかったんでしょう」
「あー、確かに保険で2人くらい必須技能持ってる人がいた方が、安心感はありますね」
「というか、俺としてもミソラさんがいてくれた方が助かりますね。俺は基本的に後方支援ではなく、戦闘員ですから」
「それってエーベルハルトさんが他の人達を気にせず、強敵と戦いたいだけじゃないですか……」

 ふふ、と笑うエーベルハルトさんだったが否定しないあたりそういう考えなのだろう。やっぱりこの人とは生きている次元が違うのかも知れない。私なら進んで危険な事には関わりたいと思わないからだ。