第4話

04.


 ***

 その後、ブツブツと文句を言うイザークさんを引き連れ、手順通りの場所へ一度足を運んだ。と言っても、移動手段が移動手段なのでこれで駄目だしされるようなら依頼の遂行は不可となるだろう。
 ダストターミナルの駅にて、仏頂面をしたイザークさんが不意に呟く。

「僕も最近この国へは来たばかりだから明確な事は言えないけれど」
「えっ、何?」
「いやだから、ダストターミナルから汽車に乗って終点まで行ったら、汽車倉庫になるでしょ。というか、円環だから終点っていう概念は基本的に無いし。イタズラだったんじゃないの、その依頼」
「それならそれで別にいいや。どうせ今日はそれ以外やる事無かったし」
「ハァ?時間を無駄にはしたくないんだけど」

 正直、今まで汽車なんぞあまり使った事が無いので、今からの汽車に乗ってどこへ着くのかイメージ出来ない。ただ、一応住所の場所まで『移動』しようとはしたのだ。指定地不明だからか失敗したけれど。
 ――いやでも、住所書いてあるのに失敗って初かもしれない。

「ちょっと。ボーッとしないでよ。汽車、来たけど」
「あっ、乗る乗る!乗ります!」

 慌てて乗り込もうとしたらイザークさんに思い切り襟首を掴まれたぐぇっ、と蛙が潰れたような声を上げる。
 うわ、と顔をしかめた同行者は私が乗り込もうとした入口とは別の場所を指さした。

「どこ行ってんの?それ、運転手が降りて来る場所だから。それとも、君が運転するわけ?」
「や、しないです……」
「本当に汽車使わないんだね、君。でもこのくらいの常識は押さえておいた方が良いんじゃない?いい歳してんだからさあ」

 ――コイツ話す度に苛ついてくるな……。
 グッと言葉を呑み込む。正論なのが余計に腹が立つし、反論を許さないので溜まった鬱憤の晴らし場所が無い。コイツ、嫌味を言うプロだろ。

「わー、人、いないなあ」
「そりゃあね。この先って関係者以外、あまり寄らない場所ばかりだし。終点に至っては汽車関係者くらいしか行かないんじゃない?」
「そういうもんなの?でも、機械の国なんてほぼ田舎だし、この辺りで人がたくさん集まってたら不自然かも」
「そうだね。都心とそれ以外の落差が激しすぎるよ、この国」

 そのお陰で宅配サービスが存外儲かっているのだが、所謂『田舎』よりの場所に住んでいる人にしてみれば不便極まりないだろう。
 ――不意に、周囲が暗くなった。外を見てみればどうやらトンネルに入ったらしい。

「――変だな」
「え、何が?」
「ここから終点まではトンネルなんて無いはずだけど。それに、よく見たら僕達以外に人の姿が無い」
「人がいないのは……普通に汽車を使う人がいなかったからじゃないの?」
「トンネルの名前は?」
「え、知らないよ、そんなの」

 訝しげな顔をしたイザークさんは立ち上がるとゆっくり周囲を見回す。薄暗い明かりしか無いので、非常に危険だ。座った方が良い、そう促すより早く汽車がトンネルを抜けた。
 車窓から広がるのは絵に描いたような、長閑な田舎風景。荒んだ心を優しく包み込んでくれるような、どこか懐かしさを覚える光景だ。勿論、この場所に住んでいた事も、行った事も無いけれど。
 困惑したのはイザークさんだった。立ち上がった彼は、その姿勢のまましきりに首を傾げ、顔をしかめている。
 そうこうしているうちに、汽車が停まった。アナウンスから終点だという言葉が聞こえてくる。

「終点?ここが?」
「イザークさん、下りようよ。ここにいたってどうしようも無いし」
「下りる?帰れなくなったらどうするつもりなの。そもそも、帰りの汽車だって来る保証は――」
「いや、私の技能で帰るのは簡単だし」
「……そうだったね」

 一瞬の問答の末、下りる事で決着した。イザークさんは眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしていたが、仕事は仕事。それにここまで来て引き返す方が面倒臭い。行きは住所からこの場所へ来られなかったのだ。ここから外へ出た時、ここへもう一度移動して来られる確証は無い。
 一歩ホームへ踏み出した途端、私達が降りるのを待っていたかのように勢いよくドアが閉められた。そんなに苛々しなくてもいいのに。
 ホームから出てみれば一本道だった。寂しげな通行人が誰もいない道を時折言葉を溢しながら歩いて行く。イザークさんは人を罵る時以外、かなり無口なのかあまりお喋りを嗜まない人らしい。早く世話係の任を下りたい。

「住所の場所、ここなんじゃないの。というか、この洋館は人住んでるわけ?誰もいないように見えるけどな、僕には」
「い、いなかったら依頼届かないよ……!」
「さぁ、どだろうね。世の中には説明出来ない事なんて幾らでもあると思うけど。それとも何、怖いの?仕事だって言ってたのにね」
「こ、怖くないし!そっちこそ、私の事煽って止めさせようとしてるんでしょう!?」
「別に。これは君の仕事であって僕の仕事じゃないんだから、途中で帰ったって問題無いでしょ」
「フェリアスさんが、一緒に帰って来なさいって言ってたでしょ」
「……チッ、ああそうだったね」

 内心かなり怖がっていたが、フェリアスさんの一言に意外にも助けられた。そして助けられた後に気付いたが、イザークさんに逃げられたとしても先にギルドへ帰り着くのは多分私だろう。移動速度舐めんな。
 適度に現実逃避を終えたところで、ちらと件の洋館を見つめる。聳え立つそれは所々ひび割れ、不気味に植物が生い茂っていた。とても人の手が加えられ、今もなお人が住んでいるようには見えない。
 ――ここに本当に依頼人がいるのかなぁ。
 心中の呟きを口には出来なかった。どのみち、一応確認する必要はあるのだから。