03.
「それで?」
「え?」
ジロリ、とイザークさんに睨まれ、身が竦む。何でこんな身の危険を感じる奴と四六時中一緒にいなければならないのか。気分はまるで修行僧。
「だから、何の仕事してんの、君。まさか書類分けとか、ギルド内飲食スペースの管理とかじゃないんでしょ」
「あ、ああ。えーと、配達の仕事を少々」
「少々?」
「えっと、休みの日が結構あって……今日は仕事の日だけど」
「要領悪過ぎ。何?じゃあ今日は依頼があるって事なの?違うなら帰るよ。あと鬱陶しいからハキハキ喋ってくれる。君に付き合ってたら日が暮れるんだけど」
――こいつ……ッ!
初対面の相手に遠慮という言葉が欠片も見当たらない。馬鹿にされているという感じではないが、悪意無き悪意が伺える。ああ、この人こういうタイプなんだろうな、とでも言えば良いのだろうか。
「依頼は……そういえば、まだ今日は聞いてないような」
「ハァ?君の依頼なんでしょ?一から十まで君が管理してるわけじゃないって事?」
「えーと、依頼はコハクさんがいつも持って来てくれる。私宛は掲示板に置かないようにしてくれるから、休みの日の間に分けててくれるようになってるんだよ」
「じゃあ早くその依頼を取って来なよ。こんな所で油売ってないでさ。早く行って早く帰って来た方が時間に余裕も持てるし」
「い、いつもはギルドに来たら全部渡してくれるようになってるんだってば!」
「渡されてないなら自分で取っておいでよ。依頼を渡されなかったら君は働かないの?経済的に随分と余裕があるんだね」
微妙に正論で言い返せない。釈然としない気分のまま、カウンターからコハクさんを呼ぼうとしたが、その前にマスターを伴ったコハクさんが顔を覗かせた。急だったので驚いて息を呑む。
コハクさんはその手に封筒を一通持っていた。多分、あれは私の依頼なのだろうが、彼女の顔は少しだけ困惑に揺れている。
「ミソラ、貴方宛の依頼なのだけど……ちょっと様子がおかしいから、今回はパスした方が良いかもしれない」
「一応、目は通します」
「そう?止めておいた方が良いと思うけど」
依頼書を渡された。これ以上、イザークさんにうだうだと文句を言われるのも癪なのでさっさとそれを開封する。
「何か、文字、多いなあ」
思わず言葉が溢れた。依頼書と言えば大抵は出張サービスかどうかと氏名、住所、多い時は2つ分で、後はどんな荷物かが書かれている。場合によっては依頼主から一言コメントが付いていたりするが、今回の依頼書は明らかに文字数が異常。よく見ると2枚目がある。
出張サービス。これはいい、ここはまだ普通の依頼書だ。氏名と住所も不審な点は見られない。機械の国だ。
「んん!?」
「何、さっきから。僕にも分かるように説明してくれるかな」
「いや、何か……えっと?」
住所までは本当に間違っていない。ただし、2枚目。何故か住所への行き方が事細かに書かれている。
「首都からアルビルナへ行き、次にサークリスへ行く。そこからダストターミナルへ行って、その駅から出る汽車に乗り、終点まで。手順を絶対に間違え無い事――何これ」
「怪し過ぎるでしょ。それって、その地点を全て回って荷物を届けるって事?」
「いや、これは出張サービスだから、まずはこの住所に行って届ける荷物を受け取らないと。何でこの余所に一度寄らなきゃいけないのかな。しかも、住所これどこだ?」
「止めておけば?僕の仕事が増えそうな気しかしないし」
「え、でも理由無く断れないし」
――しかも今日、これしか依頼が無さそうなんだよね。
ここで「今日は休みになった」、等と言おうものならイザークさんにネチネチと文句を言われるのは目に見えている。イザークさんを連れていたとしても、逃げる時は一緒に逃げれば良いのだし行ってみてもいいのではないだろうか。
「理由は無いって言うけど、徒歩でこれ全部回って住所へ行かなきゃいけないのなら、少なくとも2日は掛かるよ。そんな時間無いでしょ、明らかに業務営業妨害」
「あ、このくらいなら5分で全部回れるよ。大丈夫。ただ、汽車の部分を省けないならそれなりに時間は掛かるかも。汽車ってどのくらいの速さで動く乗り物だったっけ。そもそも、直接ここには飛べないのか……」
「いやだからさ、移動手段は?」
あ、何だかこういう反応はかなり久しぶりかもしれない。ギルドで一緒に行動するメンバーは私のギフト技能を完全に理解し、便利だ何だと言うが、彼はその事実を知らないようだ。
ふふふ、と知らず口元に笑みが浮かぶ。
「そんな事無いよ。実は私、技能の『瞬間移動』持ちなんだよね。場所さえ分かれば一瞬だよ、一瞬!あ、この事は他言無用で」
「へぇ。……ふぅん、珍しい技能持ってたんだ。苦労なんて全くした事無いって顔してるから気付かなかったよ」
ミソラ、とフェリアスさんが声を掛ける。
「言うまでも無いけど、移動は裏で。あと、どちらか片方を現地に放置したりせず、ちゃんと『協力』して二人で帰って来るように」
妙な念押しと、含みのある言葉。それを言及するよりも早く、フェリアスさんは別のメンバーに呼ばれてそちらへ行ってしまった。