02.
話が丁度途切れた時だった。存在感のある体格の良い男がギルドの中へ入って来たのは。
「あ!エーベルハルトさんだ。今日は一人なんですかね?」
「人、連れてるけれど」
恵まれた体格の後ろ。少しだけ線の細い青年が一緒に立っている。鈍い金の短髪にエメラルドグリーンの瞳。何か不快にでも思っているのか、というくらいに深く刻まれた眉間の皺は近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
――嫌な予感が止まらない。まさか、この話し辛そうな彼が、期待の新入りだったりしないよね?あんな堅物そうなの、手に負えないぞ私。
しかしこんな時の悪い予感というのは得てしてよく当たるものだ。
私の期待を裏切るように、逆説、期待通りにフェリアスさんがもう一人に声を掛ける。
「ああ、イザーク。今日は来ないと思った。丁度良い、今はミソラもいるから顔合わせしておいてくれ」
――はいアウト!チェンジで!
叫び出したくなる衝動をグッと堪える。そうだ私、まだ彼が性格のキツイ、メンタル薄弱者の私には辛い相手だと決まったわけじゃない。人は見た目に寄らないって言うし、案外気さくな良い人かも知れない。
動悸を抑えつつ、私はギルドメンバーにいつもそうするように緩く片手を挙げた。
「あ、お、おはよう!えーっと――」
「……話は聞いてるけど。君、僕の世話係なんでしょ。別にそんなの要らないって言ったし、むしろこれって僕が君の面倒を見る事になりそうだよね。気分が重いんだけど」
思わぬカウンターパンチに変な声が漏れた。ちら、と新入りの顔色を伺うも、彼は出会った時と変わらない殺伐とした雰囲気を醸し出しているのみだった。基本的に緩い人が多いこのサークリスギルドで明らかに異質な空気を纏っているとも言える。
しかし、エーベルハルトさんの思わぬ「おい」、という地を這うような低い声で今度は息が止まる。この人がこんな怒りの声出してるのは初めて見た。
「失礼が過ぎる。言葉は選んで使えとあれ程言ったのに――」
「別に、変な事は言ってませんよ。というか、日常の事務会話でこんなにダメージ受けてる子に僕の面倒を見るなんて無理でしょ」
「否定はしないが、それを口に出すのは許さない。言動を慎みなさい」
「いや、エーベルハルトさんも大分酷い事言ってますけどね。流されがちですけど。それに、あの時は何にも疑問には思いませんでしたけど、ここのギルドって研修制度でもあるんですか?これって僕がその子の護衛を見返り無しに引き受けさせる事になるから、無理矢理後付けした世話係って地位ですよね」
「世話係は俺が入った時もいた。よって、後付けではないよ。疑心暗鬼も結構だが、人に八つ当たりはするな、みっともない」
――この人達の口論、いつまで続くんだろう。
エーベルハルトさんと新入りくんが知り合いである事は分かった。それに世話係制度がうちのギルドで通過儀礼的に実在するのも事実だ。フェリアスさん曰く、ギルド内の暗黙の了解というのは説明を忘れがちだから肌で感じて貰う、という趣旨らしい。これには私も助けられたので、否定的な意見はない。
恐い雰囲気を拭えないエーベルハルトさんに臆さずもの申したのはやはりギルドマスターだった。彼は今までの空気など意に介した様子も無く、一人だけ平常面したままに言葉を紡ぐ。
「君達の面倒臭い言い争いは脇に置いて。とにかく、どうしてもという場合ではない限り、世話係は変えたりしない。ミソラもギルドへ来て1年以上経つし、何より彼女の仕事に同行するのはイザークにとって良い気分転換にもなるだろう。何も考え無しに組ませているわけじゃないから、そこは安心しておくれ」
「……そういえば、彼女は特別依頼をこなしているんですよね。何の依頼を?」
「本人に直接聞いてくれ。今から一時は一緒に行動して貰うんだから」
ひらり、手を振ったフェリアスさんはギルドの奥へ引っ込んで行った。もう言う事は無い、と言わんばかりだが説明が不足し過ぎているとは考えなかったのだろうか。
そそくさと仕事へ戻るコハクさんは本当にマスターの決定には口を挟まない主義を一貫していると言えるだろう。残った私とエーベルハルトさん、そして新入りイザークさん。非常に気まずい空気が漂っている。
最初に口を開いたのは、珍しく保護者のような行動を取っていたエーベルハルトさんだ。
「すいません、ミソラさん。うちのがとんだ無礼発言を……。許してやってくれ、とは言いませんが、とにかく奴は今大変心が荒んでいるので大目に見てやってはくれませんか」
「そういうフォロー、要りませんから」
「黙ってろイザーク」
空気が殺伐とし過ぎているので、私はエーベルハルトさんの言葉に勢いよく頷いた。いいからこの空気から開放して欲しい。酸素が足りない気さえする。
「――このままミソラさんの依頼に俺も同行したいのは山々ですが、今日はアレクシアさん達とこの後依頼の予定が入っていまして。正直かなり心配なのですが、席を外します。また今度」
「ええっ!?い、行っちゃうんですか、エーベルハルトさん!」
「すいません」
「……そ、そうですか。依頼ガンバッテ……」
珍しい行動パターンだと思っていれば、エーベルハルトさんはやはりエーベルハルトさんだった。この大丈夫とは思えない状況をあっさり投げ捨てる度胸。いや、彼もいい大人だ。イザークさんとは知り合いのようだし、一応は彼の事を信頼して殺人事件なんかを起こすような人物ではないと確信しているのかもしれない。