01.
今日は出勤日の月曜。外はずっと雨が降っている。アラーナさんの一件を未だ引き摺る私への当てつけのようにさえ感じて、酷く陰鬱な気分だ。
そんな私の気分を吹き飛ばすような勢いで、ギルドへ顔出した途端コハクさんに捕まった。そういえば、土曜日はそのまま家に引き籠もったし、日曜日は休みでギルドへ行かなかった気がする。
「ミソラ。最近顔を見なくて心配した」
「あ、あのコハクさんから素直に心配したとか言わせるなんて……ハァ、私、駄目な子ですね」
「何だか沈んでいるところ悪いけれど、それどころじゃない。気を確かにね」
「えっ、何ですかそのヤバそうな前振りは」
そのままコハクさんにやんわりとカウンターまで連れて行かれる。彼女は自身の砦とも言えるカウンターに入ってすぐ、『解析』を開始した。
「どこか怪我は――していないみたい。それに、ちゃっかり『バリア』入手したのね」
「えっ!?ほ、本当ですか!?」
「ええ。嫌な事とか、悲しい事とかあったの?」
「何で負の感情ばっかりチョイスしたんですか……恐ろしい事と悲しい事はありましたけど」
「楽しい事があったのに、貴方がそんなに沈んでいるわけないもの。恐ろしい事?」
「軍の人にギフトバレするところでした」
「気をつけなさい、って言ったはずだけれど。私の言葉は届かなかったみたいね。ああ、あと、貴方の次の技能は『空中歩行』よ。良かったわね」
――『空中歩行』。文字通り、空中を歩行する能力だ。あまりにもサラッと告げてくるので反応が一瞬遅れた。旅人向きの技能ばかり、と言われるがもうその通りだとしか思えない。
「――まあ、それは良いわ」
「えっ、もう私の将来性の話終わりですか?」
「そもそも、ちょっとそれどころじゃ無いって話をしたかったの。貴方、新しく来る子の面倒を見る係になったから。フェリアスは歳が近いからだ、って言っていたわ」
「歳が近い子!」
「貴方より3個程歳上だけれど、まあ、他に比べたらかなり近くはある」
「……文句を言うわけじゃなくて、純然たる事実の話なんですけど。私みたいな時期の子って、3つ歳が離れてたらかなり違うと思いますよ。だって、3つ歳取ったらもう二十歳ですし」
「そんな事は良いの。問題は、彼のえげつない性格。今の貴方のゼリーみたいなメンタルで――」
不吉な言葉が聞こえてきたので、それについて言及しようとしたところ、奥の部屋からマスターのフェリアスさんが顔を覗かせた。必然的に会話が中途半端なところでストップする事になる。
「ミソラ、来ていたのか。コハクから聞いたかもしれないけれど、新人の面倒見る係をお願いしてるから」
「あ、はい。聞きました」
「あ、そう。今日はイザーク来るかな。昨日は挨拶しに来てたけど、今日はまだ見てないな」
「まだ時間、早いですし。昼頃に来るかもしれませんよ」
「朝は早そうな子だったぞ、確か」
フェリアスさんは暇なのか、そのままコハクさんの隣に腰掛けた。そういえば、とコハクさんが元の路線へ話を戻すのを阻害するかのように世間話を始める。いつもはフェリアスさんにかなり甘いコハクさんですら眉間に皺を寄せていた。
「ミソラはカメラを知ってる?」
「カメラ?あー、あの、うちの国が結構前に作った四角い……絶妙なお値段の奴ですよね」
「何をする道具か、って事をフェリアスは聞いていると思う」
何をする道具か。そういえば何をする道具だっただろうか。半年前くらいに爆発的に流行ったのを覚えているが、値段が値段で平民には手が出せない代物だったので深く調べた事は無い。
ふふ、とフェリアスさんが態とらしい得意気な笑みを浮かべた。
「カメラって言うのは、そうだなあ――風景を映す写真を撮る為の道具、って言えば分かるか。写真って言うのは風景を映すものの事であって、描く訳じゃ無いから絵とは違う」
「……えー、何か難しい話ですね」
「見た風景をそのまま保存出来る、って言えば伝わりやすいか。ミソラ、『バリア』を使えるようになったのなら、水中写真撮って来てくれよ。水の中で絵を描ける人間なんてそうそういないし、写真集とか売り出したら金稼ぎになりそう」
「カメラ持ってないんですよ、私。すっごく楽しそうだし、もしかしたら深海の写真も撮れるかもしれませんけど」
そういえば、とコハクさんが呟いた。
「最近、カメラは大幅値下げしたのを聞いた。機械の国で物を買う時は、価値が暴落してからに限るわ」
「新しい物でも発明したんだろうなあ。うちの国、商戦が苦手過ぎるところあるし」
「どうしてすぐに値段を落とすのか分からない。そのままの値で売ればいいのに」
機械の国は――1年程住んでみれば理解するが、とにかく発明者の集まりのような国だ。発明、開発、それらに関しては他国の追随を許さない程に長けているが、それ以外は酷いものである。国も何個かに分裂しているし、私達のギルドのようにあらゆる組織が乱立している。ついでに言うと商売も苦手らしくて発明品を上手く売りつけられない不器用さ。
誰かが言った。機械の国での買い物は焼き肉に似ていると。売り出されたばかりの生肉ではなく、焼き上がった状態の肉を食べろという事だ、つまりは。売りに出されてから、少し待った方がお得。
「ちなみに、お幾ら万ルニくらいなんです?」
「んー、一番安いのは確か……12万ルニくらいだったような」
「私の2ヶ月分のお給料じゃないですか。そんなもの買ったら破産しますって」
「貯金、していないの?」
「してますけど……うーん、カメラなんて買ったら今月カツカツだし、ちょっと様子見ます」
ならその方が良い、とコハクさんが薄く笑って頷いた。