07.
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「ミソラ、帰って来なかったね」
午後7時過ぎ。ギルドメンバーはほぼ帰ってしまったカウンターでコハクはポツリと呟いた。すでに片付けを始めていたフェリアスがその言葉に応じる。
「必ずしも寄らなければいけないわけじゃないからね。そういえば、まだエーベルハルトはいる?」
「いますよ」
丸テーブルの一つに腰掛け、優雅にコーヒーを飲んでいたエーベルハルトが爽やかな笑みを浮かべた。彼は必ずしもアレクシア達と一緒に行動しているわけではなく、都合によっては一人で依頼をこなす事もあるのだ。
「どうか致しましたか?力仕事でしたら俺にお任せを」
「ああいや、そうじゃなくてね。君が紹介して、今度ギルドに加わる事になった――」
「ああ、イザークがどうかしましたか?」
「そうそう、彼の世話をミソラに任せようと思って」
え、と珍しくも間の抜けた声を上げたエーベルハルトはソーサーに荒々しくカップを置いた。ガチャリ、という耳障りな音が人気の少ないギルド内に響く。
「――えーっと、止めた方がよろしいかと。どうしてミソラさんに?」
「歳が近いから」
「絶対に止めた方が良いと思いますよ。俺が言うのも何ですけど、イザークの性格は……その、あまりよろしくありませんし。それに輪を掛けて最近は荒んでいますからね、彼。ミソラさんに余計な心労を懸けるだけだと思いますよ」
「いや、もう決めたから。仮にも君の後輩だったのだから、非常識な事はしないだろう」
「ええー……後悔する事になりますよ、本当。ね、コハクさんも止めた方が良いと思うでしょう?」
「――フェリアスがそれで間違い無いって言うのなら、それで構わない」
正気ですか、とエーベルハルトは頭を抱えた。カップに半分程残っているコーヒーの存在は完全に忘却している。
「知りませんよ。何かあったらすぐにイザークとミソラさんは引き離しますからね。まあ、敵地に女の子一人で置いて行く阿呆には育てた覚えは無いんで、その辺は大丈夫だとは思いますけど」
「それで十分だよ。ミソラに必要なのは、何があっても一人で逃げ出さない護衛、だからね」
「はぁ?ギブアンドテイクって事ですか。世話をする代わりに護衛を任せるっていう」
「ゆくゆくはそういう関係性になって欲しいな」
心底信じられない、そんな顔をしたエーベルハルトはそれ以上の言及を諦め、コーヒーを一気に飲み干した。
「――帰ります。お疲れ様でした」
「はい、お疲れ。イザークくんにはその旨を伝えておいてくれ、エーベルハルト」
「本人があまりにも嫌がったらミソラさんの精神に負担をかける事になるので、却下させて貰いますから」
「大丈夫大丈夫」
――何を根拠に大丈夫だと思っているんだ、そんなエーベルハルトの呟きは誰にも拾われる事など無かった。