第3話

04.


 荷物を渡してくれ、と手を伸ばすカリーナに箱を渡す。軍の人間である以上、物品チェックは避けられない――

「あ」
「どうかしたのかな?」
「……い、いえ。何でも」

 そういえば、荷物の中身を私自身の目でチェックしていない。アラーナさんに渡されたこの箱の中身がまるで思い出せないと思ったら、目で見たのではなく、何が入っているのか口で説明されただけだ。
 つう、と背筋に嫌な汗が伝う。アラーナさんが兵器の配達を偽って私にやらせている、とは思わないが、彼女が「どんな荷物は軍の検閲に引っ掛かるのか」を知らない可能性は大いにある。何故なら、軍の規定は厳しく、そして独特だ。私も仕事柄運んではいけない物をある程度把握しているが、そうでない者は知らない者も多い。存外、意外な所でチェックに引っ掛かる物もあるのだ。
 べりべり、とガムテープが剥がされていく。作業をしながら、カリーナさんがふと尋ねて来た。

「おつかいだと言っていたね。良ければ、理由を聞かせてくれないかな?」
「え。あーっと、その、お、お婆ちゃんが……叔父に届け物をって言うので。持って来ました」

 ――苦しいッ!言い訳がたどたどしいぞ、私!
 しかし、カリーナさんは「そうか」、と感慨深そうに頷いた。あれ、今の私の挙動不審さには触れない方向性で行くのだろうか。

「身内は大切にしないとね。何が入っているのかな?」
「えーと、食べ物って言ってましたよ。何だったかな、干物?漬物だったっけ……」
「それはいいね。たまには家の味を思い出したくなる時は誰だってあるし、羨ましいよ」

 ガムテープが全て剥げた。食べ物と聞いたからか、カリーナさんがそっと蓋を開ける。ドキドキしながら私もまた、不自然にならない程度に箱の中身を覗き込んだ。
 ぎっしり詰め込まれているのは食材、食材、食材だった。新鮮そうな野菜から、魚の干物。漬物の袋もある。かなりヘルシーではあるが、言われてみれば確かに、たまに食べたくなる風土の味感はあるっちゃある。
 それを確認したカリーナさんはうんうん、と満足そうに頷いた。

「全く問題無いよ。さあ、届け先を探そうか」
「あ、有り難うございます……」
「心配そうな顔をしないで。私が一緒に探すから、きっと見つかるよ」

 ――いや、心配っていうか、今すぐここから逃げ出したいんですけど。
 鈍感そうな軍人女性には、当然ながら私の思いは届かなかった。独り相撲している気分だ。ともあれ、ここで誘いを蹴るのはむしろ怪しい。ここは年端もいかない少女っぷりを発揮し、失礼にならない所でお別れしよう。それとなくチョロい感じの人だし、何とかなりそう。

「ところで、どこに届けるのか――住所とか知らないかな?それがあれば、すぐにでも案内するのだけれど」
「あの、住所はこれです」
「……確かに、さっきの女性が住んでいた部屋だね。引っ越したのだろうか。珍しい話ではないから、グラン・シードから出ていないと良いけれど」
「と、言うと?」

 住所先に住人がいない事が珍しい事ではない。それはそこはかとなく不安を煽るような言葉だった。案の定、カリーナさんは少しだけ目を伏せて私の問いに的確な答えを寄越す。

「知っての通り、水の国は今年から連合国に入った。犯罪組織の温床になっていたグラン・シードでは脛の傷のある犯罪者がたくさんいたのだけれど、そのせいで一斉に引っ越したり夜逃げしたりしてね。ゾッとしたよ。住人の5分の1くらいが犯罪者だったなんて」
「規模が大きすぎて理解出来ないんですけど」
「犯罪組織と言うのは小汚い金を持っている連中が多くてね。グラン・シードの土地を買い占めて組織員を住ませたり、逆に善良な市民を追い出したり――とにかく、無法地帯だったと聞いているよ。私は最近ここに配属されたから、無法地帯だった頃のグラン・シードを良くは知らないけれど」
「ええ!?5年連続住みやすい国1位だったのに」
「住みやすかったのだろうね。犯罪者共にしてみれば」

 住人の5分の1が犯罪者。及びそれに準じる者。オルニス・ファミリーのアルデアさんもそれでこの街から撤退したのだろう。まさか、住みやすい国などと言われている陰でそんな事になっていたとは。世界とはよく分からないものである。
 ――とにかく、一刻も早くここから撤退したくなってきた。
 珍しいギフト技能を持っている、という点では軍人だろうが犯罪者だろうが私にとっての天敵に違いは無い。どちらに捕まったって明るい未来は期待出来ないだろう。であれば、そんな人物とは関わらないのが吉である。

「一先ず、グラン・シードで新たに採用した住民票制度を使って人捜しと行こうか。無線で仲間に調べるよう言うから、配達先の綴りを読み上げてくれるかな?」
「えっ、あ、はい」
「どうかしたのかい?具合でも悪い?」
「いや……何でも無いです」
「悪かったね、恐い話をして。今いる手配犯や犯罪者はちゃんと検挙したから、心配しなくても大丈夫だよ」

 ――ふと思ったのだが、彼女、私を小さい子供だとでも思っているのだろうか。こう見えて、17だし、そもそも童顔とかいう特性は持ち合わせていないのだが。