第3話

05.


 ***

 捜索を開始して2時間が経った。が、当然ながら収穫はゼロ。何せ、カリーナさんは「叔父さんがいたら分かるよね。取り敢えず周辺を歩いてみよう」、という方法を取った為、当然配達先の人の顔など知らない私にしてみればその時点で詰んでいる。
 それを切り出す事も出来ず、「いませんねぇ」なんて白々しい言葉を吐く私。どう客観的に見ても酷い。

「ああ、無線が返ってきた。少し待ってね」

 住民票を調べていた部下からの返事らしい。あの無線機、機械の国の生産品に見えるのだが。確か、機械の国は非加盟国――

「……分かりました。はい、ええ、すいません」
「――えーと、どうでした?」

 無線を仕舞ったカリーナさんは神妙な顔で首を横に振った。だろうな、とそう思う。あのアパートの一室にいなかった時点で大体察してはいたのだ。

「ごめん、どうやらそんな人物はいないそうだ。次の仕事が入るまでは、もう少し歩いて捜してみよう。引っ越したとは言っても、まだ荷物を運んだりしているかもしれない」

 ――もういいです、とは言えなかった。
 アラーナさんの顔がチラついて、どうしても息子とやらに会わなければならない気がしたのだ。そして「たまには家に帰れ」って言ってやる。親がいるなんてこの上無い贅沢なのに、それを放り出しているのはどうにも我慢ならない。
 しかし、ここで私ではなくカリーナさんの方のタイムリミットがやって来てしまった。

「あー、いたいた。ちょっと、どうしてお前はいつもいつも詰め所にいないかね」
「あ!トレヴァー大尉!」

 上司のご登場。30代後半か、ひょっとしたら40に足を突っ込んでいるくらいのひょろっとしていて背の高い男だった。制服もどことなくだらしないし、開いた前から覗いているシャツが信じられないくらいダサい。制靴ではなく、何故かサンダルを足に引っ掛けており、表情もまた気怠そうで職務に対する情熱が一切感じられなかった。
 ただ――どこが、何故、とは言わないが圧力がある。それは体格のせいかもしれないし、貫禄のようなものなのかもしれない。

「あ?何かやってたの?どこの子よ、それ」
「いえ、迷子の案内を。大尉は何故ここに?何か不備でもありましたでしょうか」
「不備は無いけどさ、フリーデさんが捜してたよ。折角昼寝してたのに捜して来いって叩き起こされちゃった」
「フリーデリーケさんが!?何か用事があるのかもしれないので、詰め所へ戻ります!大尉はどうせ暇でしょうから、彼女の人捜しを手伝ってから帰って来てくださいね」
「ええー。暇じゃないって」
「昼寝されていたんでしょう?その様子だと、今日届いた書類にも目を通されていないようですし、仕事をして頭を切り換えた方が良いかと。では、失礼致します!」

 どっちが上司なのか混乱してくるような会話を繰り広げたカリーナさんは最後、私の肩を叩いて足早に去って行った。何と言うか、せわしない。落ち着いた態度なのにどこか忙しない人だった。
 口では暇じゃない、と宣っていた上司さん――トレヴァーさんは心底面倒臭そうに溜息を吐くと、ようやく私に向き直った。

「いやあ、騒がしくして悪かった。で?君は……あー、何でここにいるんだったっけ」
「……人捜しをしていてですね……」
「何その荷物。カリーナはそれ、ちゃんとチェックしてた?」

 聞いた事に答えたはずなのにリアクションが無い上、ころころと話題が変わる。それが少しばかりアレクシアさんに似ていてゲンナリしてきた。何でこんなデカイ男と会話しているのに、ギルドの美人さんの顔がチラつかなきゃならないんだ。温度差で風邪引く。

「チェックされましたけど」
「あ、そう?んー……ま、でも一応俺も確認しておくか。箱も閉じられて無いし」
「そりゃあ、カリーナさんが剥がしましたから。ガムテープ」
「どうせ大したもんは入ってないでしょ、君、運び子じゃなさそうだし」
「運び子……?」
「軍の物品チェックを通り抜ける為に用意した子供の事。俺はそうじゃないけど、中には子供だから大丈夫だろって禄に調べず通す間抜けがいるんだよねぇ。子供だからこそ何持って入って来てるか分かったもんじゃないってのに」

 ――あっ。この人、一応は真面目にやってるタイプの軍人だ。
 見た目からはそうは思えないが、目の前に転がり込んできた面倒事は手順に則って対処する軍人。こういうのは波風を立てたくない、しかし真面目にもやりたくないふらふらしたタイプの人物に多い。
 いやでも、先程カリーナさんにチェックしてもらった時に不審な物は入っていなかったとお墨付きを頂いている。今更慌てる必要は無いはずだ。

「へぇ、美味しそうなもんだなあ。そういえば俺、もう2年くらい帰省してねぇわ。あー、今年は長期休暇取って帰るかなあ」
「はぁ……」

 あれ、この人にどういう理由で人捜ししてるとか、説明したっけ?
 疑問が脳裏を掠めた次の瞬間、私は続けて聞こえて来たトレヴァーさんの言葉に凍り付いた。

「随分と西の方から来たんだな。長旅だったろ――あ?」
「え、何で遠出してるって分かったんですか?」
「いや、食べ物は地域の特色だろ。漬物だの干物だの、味の付け方見たら大体どの辺りから来たかは見当が付くけどね。というか、この野菜は?」
「はい?野菜って私の知識ではただの食べ物なんですけど、グラン・シードは野菜の持ち込みとか禁止されてましたっけ?」
「持ち込みは禁止されてないけどさ、これ、いつ採ったわけ?長旅だったんだよね?傷んでないって言うか、今朝方か昨日くらいに収穫したのってくらいには新鮮なんだけど」
「……あっ」
「ここまで最短ルートで来ても6日掛かるはずなんだけどなあ。車使ったって5日――いや、通れない場所があるはずだから、場合によってはもっと掛かるか」

 嫌な汗が背筋を伝う。そこまではさすがに考えていなかった。だって、漬物と干物の味の付け方がどうとか知らないし。基本的に機械の国以外で長期滞在した事も無い。完全に誤算にして、予想外だ。
 す、とトレヴァーさんは箱に蓋をした。その顔色は最初出会った時から全く変わっておらず、淡々と不明な点を指摘した事務処理感を覚える。

「えーっと、分かっているとは思うけど……車より速く走れる、飛べるモンスターの飼育は原則禁止な?あと、変なギフト技能持ってたら軍に申請書出さないとアウトだから。で、君みたいな子の申請書類は全く見覚えが無い訳だけど、出してないよね、軍に」
「えーっと」
「ギフト技能で登録されてる人間ってかなり少ないんだよね。多分、潜伏してる奴等がいるから世界にはもっといるんだろうけど、今軍で管理してる子達って13人しかいないんだよね。で、その13人の中に君はいなかったはずだけど」

 ――ヤバイ。これはマズイ事態になってきた。逃げた方が良いだろうか。
 幸い、トレヴァーさんはまだ『モンスターの違法飼育』か『登録申請の必要なギフト技能』で私が高速移動しているのかの区別は付いていないようだ。なら、彼が少し私から目を離した瞬間に、ギルドへ『移動』。もうここでは周囲の視線を勘定しない事にしよう、そうでなければ逃げ切れる自信がない。
 適当にあっ、とか声を上げて注意を惹こう――
 そう決意し、拳を握りしめたのと同時だった。トレヴァーさんが小さく溜息を吐いたのは。

「ま、もう面倒臭くなってきたしどっちでもいいや。で、何だったっけ?人捜し?」
「……いえ、もういいです。そろそろ帰らないと」
「それが賢明だろうな。それで?どこに帰るわけ?グラン・シード内にある宿か、それとも街の外のどこかなのか」
「外ですね」
「だよねー。ま、カリーナちゃんにちゃんと送り届けたって報告する為にも、橋の前までは送るよ」